■ 紫陽花と蝸牛 ■
辰田 信彦
重苦しい門を開けて、教会の中に入る。目に飛び込む礼拝堂は、辺りに降り積もる雪のせいか、普段以上に厳かで人を寄せ付けない雰囲気を漂わせているが、ここで回り右をするわけにもいかない。
こちらにぴったりとくっ付く形でこれまで俺の差す傘に入り込んでいたカレンは、礼拝堂に入るとようやく離れてくれた。彼女の肌の柔らかさを直に感じていてずっと緊張していたが、これでようやく一息つける。
「ふう……」
安堵の溜息を吐きながら、俺は抱えていた荷物を机に下ろす。そのまま、傘をたたんでカレンの方に振り返った。
「大丈夫か、カレン」
「……ええ、大丈夫です。それにしても、急に降ってきて……助かりました」
普段と違い、珍しく素直に礼を述べるカレン。余程、あの時は困っていたのかそれとも単なる気紛れか。それは判らないが、取りあえず俺は彼女に、何も問題ないと笑いかける。
「別に気にする事は無いさ。帰れなくなるのも困るだろ」
晴れていたはずの午後。しかし、天気予報では急に天気が崩れると言っていた。だから俺は傘を持って商店街に出かけていた。しかし、中には天気予報を見逃した者もいる。
その中の一人が、カレン・オルテンシアだった。
まあ俺も、天気が崩れるとはいえまさかここまで酷い雪が降るとは想像もしていなかったけど。
「カレン、か?」
軒下で退屈な思いをしていると、己の名を呼ぶ声が聞こえた。その声は、随分と聞き慣れたものだった。振り返った先にあるのは、思った通り赤い髪をした少年だった。
手には、随分と膨らんだビニール袋を持っている。色々と野菜などがはみ出しているところから見て、おそらく食料品の買い出しだろう。
「……衛宮士郎ですか。このようなところで出会うとは、奇遇ですね」
「そうだな。カレンがこっちに来るのは珍しいし」
彼の言葉通り、私がこの商店街に来る事は滅多に無い。大抵の用事は二人の召使いたちに命じれば過不足無くこなせるし、どうしても自分が出向かねばならない事でも、大抵は新都で済ませられるし、距離的にもそちらの方が近い。
そんな理由で、私は衛宮邸を出て以来、ここまで足を運ぶことなど殆ど無かった。
「どうしたんだよ、こんなところまで」
だから、彼がそういうことを尋ねてくるのも当然といえば当然だった。
「いえ。実は美味しい中華料理店があると小耳に挟んだので来てみただけです。その帰りに、今日の買い物をこちらの商店街で済ませたのですが」
別に隠すことでもないのでそう答えると、なぜか衛宮士郎は一瞬にして引き攣った表情を浮かべた。
「……中華料理?」
そう問いかけてくる彼の口調は、何やら神に恐れを抱く背徳者のそれに似ていた。理由は判らないが――特に気にする事でもないだろう。私は、言葉を続けた。
「ええ。ランサーがそう教えてくれたのです。私の前任者も足繁く通っていたそうですが……どうしました?」
士郎は引き攣った顔から一変し、今度は頭痛がするかのように顔をしかめたので私は思わず声をかける。
ひょっとして、中華料理が苦手なのだろうか。彼のような料理が得意な人間に好き嫌いがあるというのは、なかなかにイメージが沸かないが。
「……ああ、いや、何でもないんだ。ところで、中華料理店って……どこ?」
「泰山という店です。かなり小柄な方が開いている店ですね」
「…………ちなみに、何を食ったんだ? 杏仁豆腐とかその類だよな?」
「? いえ、青椒肉絲や麻婆豆腐を頂きました」
そういった瞬間の、彼のまるで異星人でも見るかのような表情を、私は生涯忘れる事は無いだろう。失礼な事だ。
だが、何となく彼が恐れ戦く理由も判ったような気がする。あの店の料理は、この私の舌でさえ痺れさせたほどだ。
私の舌は、体の他の部分と同じく機能が低下してしまっている。そんな、感覚が半ば失われた私の舌に刺激を与えられるのが通常の食べ物のはずは無いので、彼の驚きも――実感は伴わないが――判らなくもない。
理由が判れば、彼の態度にも納得は行く。
「………………完食したのか?」
「ええ、量はさほどでもなかったですし」
「……ああ、そう……」
しばし言葉を失う士郎。彼は、きっかり五秒ほど停止したところでようやく動き出した。某オーエスのようにぎこちなくではあるが、なんとか再起動する事に成功したようだ。
「……まあ、別に悩むことではないけどさ」
そうして、頭を振るうその様は、まるで頭に悪霊でも取り憑いたかのようである。
なかなかに――面白い仕草だ。普通、この場は上手かったかどうか聞くところだろうに。もう少し、楽しんでみようか。今は、やたら暇な事でもあるし。気を紛らわせるにも丁度良い。
私はそう思ったのだが、士郎は嫌な事は早く忘れようとでも言うかのように別の事を聞いてきた。
「そんなことより、カレン、ここでずっといるのか?」
「ええ」
私はその問いに素直に答える。少々残念だと思った事は、微塵も表に出さず。
「ふーん……ところで、傘は無いのか」
「あったら、こんなところで立ち止まってなんかいないですね」
そうして、私は士郎から視線を外して、辺りを見回してみる。
「……」
そこは、一面の銀世界だった。
先程から、私が退屈な思いをしているのはこれが原因だった。
冬でさえ、日によってはコートも要らぬほど暖かい冬木の冬にも関わらず、今日は異常気象かと思えるほどに激しく雪が降っていた。鉛色の空からは、ひっきりなしに雪が降り注ぎ、辺りをしつこく真っ白に染め上げようとしている。年に一度、あるか無いかの大雪だという。
出かけるときは晴天だったのに、中華料理店で食事を取っている最中、急に降ってきだしたのだ。それも、雨で例えれば土砂降りも良いところという勢いで。
とてもではないが、傘も無しにこの大雪の中を教会まで帰る気にはなれなかった。自慢にならないが体も丈夫な方ではないので、下手をすれば寝込んでしまいかねない。しかし、バスなどの公共交通機関もほぼ全てが停滞しているらしく、利用できない状態だ。
「だから、こうして軒先でやりすごしているのですよ」
やや、うんざりした気分で答える。
特に急ぐ仕事があるわけでもないが、こんなところで油を売れるほど暇だというわけでもない。だが、帰る術もなく、こうして時間を浪費するしかできない。暇で暇で仕方が無い。
「ふーん」
そんな私を見て、士郎は言った。
「じゃあ、俺の傘に入るか?」
その言葉に、私は驚かなかった。衛宮士郎とは、そういう人間だ。困っている人を見たら、とにかく手を差し伸べようとする。明らかに己の手に負えないような問題に巻き込まれている人間に対しても、とにかく助けようとするのだ。
ならば、「困っている」私を助けようとすることも自明の理である。彼と目が合ったときから、こうなることは予想出来た。
だから、答える。
「いえ、結構です。協会まで、どれだけあると思っているのですか」
拒否した。当然だ。
その行為は立派だと思うが、限度という物もある。
少なくとも、ここから衛宮家の倍の距離はある。おまけに、彼はかなりの荷物を持っている。はっきり言って、そこまで甘えることは心苦しい。それに、私には召使いが二人もいる。二人とも、今はこの場所から随分と離れたところにいるからなのかどうかは知らないが、連絡が取れない。だが、しばらくすればどちらかと連絡を取り、傘を持ってこさせることだって出来るだろう。
だから、固辞しようとしたのだが――
「良いから。カレンは体が弱いだろう。いくら軒先に隠れてるからって、こんな天気の中、外にいるのは良くない」
そんな事を言って、平然とこちらの手を掴んできた。
彼の言うことは尤もなのだが、私にとってその手は本来ならば振り払うべきだった。彼のことを思うのなら。彼だって、体は冷えているはず。いや、間違いなく冷えている。だって、私の手を掴む彼の手の平は、まるで氷のようだったのだから。買い物に手間取ったのか、それとも少し遠出でもしていたのか、その理由は判らないが結構な時間外にいたらしい。
大丈夫です、ときっぱりと拒絶してやれば。特に問題もなく彼は自宅に帰るはずだ。
だけど……私の冷えた体にとってもその無骨な手はとても冷たかったのだけど、しかし妙にこそばゆくて……何故か私はその手を握り返してしまった。
道中、会話らしい会話は無かった。別に、彼と一切口を開かなかったわけではない。しかし、普段のように毒舌が出てこなかったので私自身が、彼と喋った気がしないと言うだけである。
そんな妙に苛立つ時間を、傍らに、確かな温もりを感じつつ過ごす。悪くない気分の筈なのに、何故かその存在にさらに神経が苛立つのを感じた。
さらに追い打ちを掛けるのが、この雪だ。雨と違い、少しの風で落ちる方向が変わり、簡単に傘の中まで入り込んで服に染みこんでくる。そんな雪からさえ守ろうとしているのか、衛宮士郎は恋人を抱き締めるかのように私の体に密着してくる。
無論、下心などあろう筈はない。私を守ろうと無意識のうちの行動だろう。だが、その厚意は私を妙に苛立たせた。嫌だから、ではない。男と肌を合わせることなど、私にとって特にどうという事もない。
じゃあ、どうしてと問われれば、多分答えられない。答えが自分でもわからないから。だから、道中かなり苛つかされた。
そんな時間を耐えながら、ようやく教会へと辿り着く。道中こそ、長いような短いような、そんな不思議な時間だった。だが、教会に着いてみればやたら短かったと思った。
「着いたな」
「……ありがとうございます」
何となく。礼など言いたくなかったけど、言わないのは流石に修道女としてどうだろうと思ったので簡単に頭を下げる。いや、本来なら礼を言うのは吝かではない。しかし、この時ばかりは何故か礼をしたくなかったのだ。
だからだろう、その礼の言葉は不躾で、我ながらなんて心が籠もってないのかと思ったけど、士郎はそんなことは気にしないようだった。単に鈍いだけだろうが。
「別に、礼なんて良いって」
そう言って、雨粒が滴る傘を掲げてみせる。そのまま、玄関先に置いてある、礼拝に訪れる人の為の傘置き場に傘を立てかける。
「そういうカレンこそ大丈夫なのか?」
何となく、彼は窓を見る。釣られて、私も窓の外を見た。そこには、止む気配なんて微塵も見せない雪が大量に舞っていた。天気予報で言っていたとはいえ、これほど強力な雪は想像していなかった。
そんな事を考えながら視線を戻すと、彼もまた同時に私の方へと目を向ける。
「はい。それほど濡れてはいません」
そう答えると、彼は安堵の表情を浮かべる。しかし、私はそんな彼を見て笑うことは出来なかった。
士郎は、買い物の途中で見かけた雨宿りしている私を傘に入れてきたわけだけど、それほど大きくもない傘だった。そこに、二人が入っていたのだ。当然――士郎の服は、雪が染みこんでしまって、かなり派手に濡れてしまっている。
傘の有効範囲に収まるよう、出来る限りくっついていたが、それでもこれほどか……
当然ながら、道中士郎は特に不平も不満も言わなかった。寒い、と一言くらい言えばいい物を。馬鹿ではないか、と既に判りきっていることを再認識させられる。溜息しか出てこない。しかし、曲がりなりにも恩人の前で溜息だけ吐くというのもどうかと思ったので、堪える。
「それより、貴方の方こそ大分濡れてるかと」
そう言ってやると、彼は初めてその事実に気付いたように照れ笑いを浮かべた。
「あー、確かに。ちょっと濡れちまったか。まあ、これくらい大丈夫だろ」
何でもないことのように、気軽に何か言っている。確かに、日々の理想的な生活故に、健康体以外の何物でもない彼の体は、この程度で参るほど柔ではないのだろう。
しかし……それでも、その笑いは妙に神経を逆撫でする。
「……はあ。私の体のことは心配して、自分の体には随分と無頓着なのですね」
「え? いや。俺は結構鍛えてるし、この程度で風邪なんてひかないって」
平然と笑う。そっちは勝手にこちらを心配するが、こっちがそっちを心配する必要はないと言うことか。
それは、確かにその通り。この身は、既にガタガタで、とてもではないが普通とは言えない。対して、彼の体は確かに鍛え上げられており、ちょっとやそっとではビクともしないだろう。
しかし、それは過信である。どんな人間だって、体を壊すことはある。
いや、問題はそんなところでは無い。例え、彼が全く問題なく過ごそうと、彼が私を気遣い、己を蔑ろにしているのに変わりはないのだから。そして、このまま彼が帰れば金髪の剣士や赤いあくまが怒ることになるだろう。
その光景は、私にも容易に想像できる。
「まあ、兎に角……風呂に入りなさい」
だから、私は体を温めさせるために風呂を勧めた。
私自身には、別に理由があったわけではないと思う。というより、聖職者として当然の行動をしたまでである。
理由としては、ただそれだけ。他に理由を挙げるとすれば――強いて言えば、このまま家に帰すのも何だか癪だと感じたから。彼が、私を気遣うという事実が気に入らない。私は、嬲られ蔑まれる存在なのだ。それは、彼も朧気ながら理解しているはず。なのに、その真実から目を背けてただ自己が命ずるままに行動する。
鬱陶しいというほどではないが、うんざりしているのも事実だ。ここは、一つくらい彼に借りを返し、逆らってみるのも良いだろう。そんな事を思わせられた。
「え、いや良いよ」
「このままだと、本当に風邪をひきかねませんよ。これでも、神に仕える身。このまま帰すわけにもいきません」
「いや、しかし……」
「……何を遠慮することがあるのですか。厚意は素直に受けなさい」
そう言って、やや強引に彼の手を取ってやった。それは、妙に暖かかった。
そう言って、彼女は強引にこちらの手を取ってきた。それは、大分冷たかった。
俺の手も結構冷えていることは自覚しているが、彼女の手はそれ以上だった。人体である以上そんなはずはないが、氷のようかと思った。雨からは上手いこと隠せたかと思ったが……いや、それとも普段からこれくらいの体温なのだろうか。
その事を、俺は知っているような気がするけど――いや、待て。どうして知っているんだ。俺は、彼女とこれほどまでに近づいて話をするのも、今日が初めての筈。彼女の普段の体温など、知っているはずもない。
「……」
いや、今はそんな不確かな勘違いなんてどうでも良いことだ。
「別に、遠慮してるわけじゃないけど。それより、カレンの方こそさっさと風呂にでも入った方が良いんじゃないか。俺は別に良いから」
この冷たさは、少々尋常ではない。彼女の体が一切震えていないから気付かなかったが……気遣うべきは彼女の方だ。
だが、カレンは頑強に拒む。
「気遣いは無用です、衛宮士郎。曲がりなりにも神に仕える身。人を待たせて、自分の身を第一に考えるなどあってはならないことです」
「……あのな。そんなに冷たい手をして、何を言ってるんだか」
「生憎、この身は常に冷たいのです。血がなかなか通わないので」
「だったら、尚更だろう。俺の事なんて良いから――」
早く入れ、と少し強い調子で言おうとしたのだけど。
「っくしゅん」
などと、彼女が発した、思いの外可愛らしいくしゃみに気が削がれてしまう。
「っはっ……しゅん」
もう一度、可愛らしいくしゃみをしたところで、彼女は俺をやや険のある目で睨み付ける。尤も、それは単なる照れ隠しであることは明白だ。だって、少しばかり頬に赤みが差してるのだから。
「……ほら見ろ。そんなんで大丈夫って言われても、説得力なんて無いぞ」
誤魔化しきれない失態を見せた彼女は、そのまま俺の説得を受け入れるかと思った、のだけど――
「……いいから入りなさい。貴方に心配していただかなくても結構です」
「……」
……いや、何というか強情だ。セイバーや遠坂も、これくらい強く言えば向こうが折れてくれるんだけど。存外、この白髪の少女は彼女たち以上に強引なところがあるらしい。
「濡れている服を着替えれば、多少はマシになります。だから、貴方はさっさと風呂に入ってきなさい」
「あのな……」
こちらを睨み付けてくる彼女の瞳は、梃子でも動かないという意志を伝えてくる。何が、彼女をそんなに意固地にしているのか判らないが――正直、ここでこんな押し問答をしていても意味がないらしい。
かなり不本意だけど……俺の方が折れるしかないのだろうか。
「……はあ」
未だ繋がれた手から伝わる異様な冷気。いつもの詰まらなそうなそれと何ら違いがないのに泣いているように見える瞳。それを見て、俺はどうにも説得する気が失せてしまった。
それに、こんな問答をしている間にも彼女の身体はどんどん冷えてしまうだろう。これまでの譲り合いだけでも、既に数分が経過している。だったら、自分がすぐに出て彼女を風呂に入れれば良い。
「……判った。有り難く使わせて貰おう」
結局、そう判断した俺は折れることにした。やや釈然としない思いは残るけど、意地を張っても仕方が無い。
そう言った時の彼女の顔は――やはり、普段と変わらない仏頂面だった。
「ふう……」
小綺麗ではあるがやや小さめのバスタブは、西洋風建築のせいか日本家屋に慣れたこの体に多少の違和感を与えてくる。だが、やや熱めに設定されたお湯は、冷え切った体を急激に暖めてくれた。
強がっていたわけではないが、やはりあの雪の中の強行軍は、結構体に負担をかけていたらしい。一気に疲れが取れた気がする。
「それにしても」
何だったんだろうな、あのカレンの強情さは。
結局、俺はあの後、風呂に案内された。そのまま、訳も判らないまま聖骸布まで使って服を剥かれて、浴槽に叩き込まれたのだ。
その所行は、ただただ乱暴という単語こそが相応しかった。バゼットでもここまではしないだろうというほどにスピーディ極まりない手際である。気が変わらないうちに、と言うことだろうか。随分と念入りなことだ。
「うーん……」
良く判らないが、何か気に障ることでもしたのだろうか。
正直、カレン・オルテンシアという少女の本質を、俺は未だに理解できていない。というより、知っているような知らないような――非常にあやふやだ。
どこかで、彼女のことを深く知る機会があったような気がするのだけど、幾ら記憶を探ったところで取っ掛かりさえ掴めない。ならば、それは単なる既視感という奴でしかないというのが通常の判断なのだろうが――どうにも、釈然としない思いが残ってしまう。
まあ、知っていても思い出せないのなら、彼女のことを全く知らないのと一緒なのだけど。だから、彼女がどうやったら喜ぶのか、どうやったら怒るのかなど、俺には判りっこない。
俺がカレンについて知っているのは、彼女が幸福な他人をいたぶる事で快楽を得る外道と言うことくらいだ。あと、どういう場所で育ったか知らないが口が悪くて、それでいて要領が良くて何故か信頼してしまうという――
「……何というか、得体の知れない奴だな」
そういう人間が、俺の周りにもかつていたような気がするが――アイツは、今はもういない。聖杯の泥と共に逝った。もう、現れることはない。
そんな感傷は脇に置くとして、よくよく考えれば一週間とはいえ一緒に住んだことさえあるにも関わらず、俺は彼女のことを何も知らないらしい。よくよく考えれば、あの神父と同じく彼女は俺にとってとんでもなく苦手な部類だ。無意識のうちに避けていたんだと思う。というより、あの少女を苦手としない者などいるのかどうかは知らないが。
口を開けば慇懃無礼な罵倒の嵐。しかも、それらは根拠がないモノではなく割と的を得ており、反論を許さない。およそ、聖職者に向かないその性格だけど……その実、行動自体は割と剥いているような気はする。
「結構、矛盾した存在だよな」
そんな事を思う。
修道女にして娼婦。自堕落なようでいてしっかりしている。教えを尊んでいるようで蔑んでいる。普通なようで歪んでいる。前向きなようで、果てしなく後ろ向きで――しかし、生きていく事に躊躇いはない。
確かに――彼女の有り様は、ただ在るというだけで矛盾している。
「……」
手の平を見詰めてみる。彼女が、掴んで話さなかった手の平。それほど強く握られたわけではないのに、奇妙なほど強く感触が残っている。
その感触を思い出して、ふと、気付く。彼女の手って随分と小さいんだなと。よく考えれば、この少女は俺より年下のはずだ。そんな少女が、異国でたった一人。しかし、それを不幸と思わず、思わせない少女。
あの肌の下は包帯だらけで傷だらけで。美しい体なのに歪なまでに醜く――
「……って」
何を考えているのだろう。だいたい、そんな物など見たこと無いはずだ。彼女の身体がどうなっているかなど、何故そんな詳細に知っているんだか。
確かに、彼女の身体のことは彼女自身から聞いたことはあったけど――それを目にしたことはない、はずだ。うん。
この教会が改装されていたとき、住む場所がないということで一週間ほど一緒に住んでいたことはあったが、その時も見る機会なんて当然ながら無かったのだから。
「う……」
……参ったな。そういうのを想像してしまったら、一部が堅くなってしまった。
……いや、情けないとは思うが、生理現象だから仕方がない。
このまま、風呂から出ても良いのだろうか。ばれたら、カレンのことだ。徹底的に蔑んだ目出からかうに違いない。だが、あまり長居をするわけにもいかない。さっさと出ないと、カレンが本当に風邪をひいてしまうかもしれないからだ。
仕方がないが、このまま出てしまう他無いだろう。まあ、服をさっさと着てしまえば大丈夫の筈だ。
何となく、下らない考えを追い出すように頭を振って、俺は暖かい湯船を出た。
「へ?」
その顔は、写真に撮って残しておきたいと思ってしまうほど、滑稽な物だった。
風呂から出た士郎は、用意していたローブを着込んで私の部屋まで来た。随分と早く出たものだ。もう少しばかり、ゆっくりしていれば良いのに。そうは思ったが、口には出さなかった。
丁度、私は濡れた服を脱いで、普段は着ないような……一般人の服を着ていた。前任者の持ち物だったらしい、妙に小綺麗な白いこのワンピースは、どういうわけかサイズが私にぴったりだったのでたまに利用させて貰っている。
それに、士郎はやや狼狽したようだった。似合うからか、それとも似合わないからか。
実は、そんな物とは全く違う理由に起因するのかもしれないが、それは私にとってどうでも良いことだった。まあ、印象くらいは聞いてみたかった気もするが……取りあえず、彼の態度については特に尋ねず、何か用があるのかとだけ問うた。
そこで、士郎は自分の服が何処にやったのかと聞いてきた。
「ああ、あれは……」
確かにそれは疑問に思うことだろう。私は得心した。
そして、私がこんな風に説明すると、笑えるくらい奇妙な間抜け面を晒したのだ。
「ですから、貴方の服は乾燥機に放り込んでしまいました。乾くまで、あと一時間ほどかかります」
折角風呂に入ったのに、あんな濡れた服をまた着てしまっては意味がない。本当は洗濯もしてしまいたかったのだけど、それだと余計に時間がかかるので行っていない。幸い、下着までは濡れてなかったので、それだけは脱衣所に置いておいたが。
そこまで丁寧に説明してやると、士郎はようやく得心したように頷いた。ただ、困惑の表情が消えたわけではない。
「まあ、確かにそれは有り難いけど……じゃあ、俺はどうやって乾くまで過ごせば良いんだ? このままは流石に寒いんだが」
「私の服を貸し出します」
困惑の原因は判り切っていたので、用意していた答えをそのまま吐き出す。案の定、士郎は嫌そうな顔をした。
「カレンの服って……それって女物だよな?」
「ええ。パンツルックくらいは持ってますから、それをと思ってますが」
「……いや、遠慮する。いくら何でも女物なんて……それより、ランサーやギルガメッシュの服くらいあるだろ」
「いえ。彼らの服は彼らの物ですから。無断で貸し出すわけにもいきません」
正論のせいか、それとも戸惑いのためか。士郎は一瞬押し黙った。
「……いや、それでもだな」
「まさか、二人っきりの状態、しかもこの寒空の元で裸で過ごすおつもりですか?」
「いや、そうではなく……」
思わぬ状況からか、士郎は上手く言葉を発せられないようだ。
「まあ、兎に角、私の服で我慢してください。大丈夫、大きめの服なので、士郎にも入るはずです。服が乾くまでの辛抱ですよ」
「……あのな。嫌がらせにしてもそれは正直どうかと」
そんな事を話していると、口論する気が失せてしまった。特に理由はないと思う。強いて言うなら、そこに困惑の色が見えたからだろうか。
いや、そうするように話を仕向けたのだから、それを己が嫌がるというのは筋が通らない。普段、彼に対して行っている悪戯と同軸上の行動だ。単に、女の服を着せられて困惑するだろう衛宮士郎を面白がって観察する。普段も行っている、有り触れたシーンである。
そして、それは成功した。いや、成功しなければおかしい。衛宮士郎ほど、素直にこちらの想像通りの行動を取ってくれる人物はなかなかいない。思わず大声で笑ってしまいそうになるほど、その行動はコントロールしやすい。
これで良い筈。これで、私は目的を達成できた。あとは、彼の狼狽ぶりを堪能し、その後でゆっくりと彼の困惑に満ちた行動を想像しながら湯船に浸かれば良いだけだ。
なのに、何故か今日、私はそうする気になれない。
「……どうしてかしらね」
「いや、どうしてって服はカレンが用意したんだろ」
私の独り言が聞こえたのだろう。反応した士郎が、随分と的外れなことを言っている。
その声を聞いて、何となく判った。
帰ってくるとき、私は彼の献身に苛立った。正常な人間なのだから、もう少し己を気遣うべきだと。
だが、今、士郎はほんのちょっとした悪戯が原因で腹を立て、体の冷えている私に風呂を譲ろうとしない。無論、それは当然だ。このまま、何事も無く私の言葉を了解したのなら、その方が不気味だ。
だが、私はその時、彼の献身を受けられないのを不満に思っているのだ。それは、随分と矛盾した感情だろう。一方では、彼の献身に苛立ち、その一方でそれを待ち望んでいるということなのだから。
正直、その矛盾に気付いたとき、私は少々狼狽したことを認めざるを得ない。私と彼は、それほど特別な間柄というわけでもない。以前、教会の改装時に一週間ほど滞在したことがあるだけで、それ以降は一ヶ月に一度程度顔を合わせる程度だった。おそらく、私が衛宮邸を出てから彼と会った時間を合計しても、おそらく24時間行くか行かないかだろう。
そんな相手に対して、献身を求めるなど常識的に馬鹿げているし――だいたい、私は相手に献身を施す事を叩き込まれた修道女である。誰かからの施しを求めることなど有り得ない。
それが、どうして彼からの施しを受け入れようとしているのか。当たり前のように。
「……はあ」
「? どうした、いきなり溜息なんて」
「いえ。自分の未熟さを唐突に自覚してしまいまして」
衛宮士郎がそういう人物であるということは、短い付き合いながら嫌というほどに理解している。故に、それを利用しようとしているのか――と問われれば、答えは否だ。私に、そのような欲望はない。それは断言できる――筈だ。
では、何故なのだろう。何故、旧来の友人のように頼ろうとしているのだろう。
その原因が、まるで判らない。
だが、判らないなら判らないままで放置しておくのも手かもしれない。|
それにしても、ほんの僅かな苛立ちを発散させるための悪戯だったのに、妙なことに気付いてしまった。
「……まあ、何というか……つまりは、からかってるんだろ? いい加減にしてくれないか? ……おい、カレン。聞いているのか?」
「……ええ、聞いていますよ」
差し当たっての問題は――さらに沸き起こってしまったこの苛立ちをどこにぶつけてやろうか、という事なのだが――
「……? どうしたんだ」
急に、私が近づいてきたからだろう。士郎は、やや戸惑いを含んだ声を発した。困惑した表情は、随分と間抜けに見える。その顔の中央にある口は、やはり少々間抜けなことに半開きになっている。
それを見て――私は唐突に、ある事を思いついてしまった。
「……私に触れぬ(ノリ・メ・タンゲレ)」
「え!? く、何だ!」
言葉と共に、私の脇を駆け抜けて聖骸布が衛宮士郎を拘束した。当然、士郎は反射的にその布を解こうと藻掻くが、完全に絡まったマグダラの布が男の力を受け入れるはずもない。
「おい、こいつを解け、カレン! 早く」
自分の力では無理と思ったのか、それとも単なる怒りからか。士郎はやや乱暴な口調で私に開放を要求した。
「早くしろって!」
だが、そんな要求をあっさり聞くのなら、最初から聖骸布など使いはしない。そんな事をする暇があったら、本来ならさっさと風呂に入りに行くべきだからだ。実際、かなり体が冷えていることは自覚しているので、彼が出たら早急に湯に浸かりたいと思ってはいた。
だが、今はそんな事も思わない。何故なら――幸い、熱源が目の前にあるからだ。
「……!?」
取りあえず、抱き付いて口をそっと塞いでみる。別に、そのような行動を起こしたのにさして理由はない。ただ、少しだけ寒かったのと――彼の言葉が、あまり好ましいものだと思わなかったから、それの発信源を塞いだだけだ。
彼は驚いて――当然だろうけど――何かを叫ぼうとしたみたいだけど、それは無駄な行動だ。彼の声は空気を震わさず、私の口中に吸い込まれるだけだから。
その鼻息がくすぐったかったので、お返しに舌を絡めてみる。彼が声にならない悲鳴を上げたような気がするが、無視してやる。だって、体は引いていないのだから。嫌がらないのなら、止めてやる必要もない。
ぴちゃぴちゃと。唾液が奏でる嫌らしい交響曲が、厳かに静かな教会の一室に響き渡る。
じっくり。じっくりと嬲り続ける。絡めていた舌を一旦休め、士郎の口中から出して彼の唇に沿って舐めてみる。風呂上がりのためだろうか、いつも使っている石鹸の味がする。彼の口から、悲鳴は飛び出さない。
つまり、このまま次に進んでも良いということか。単に驚いて硬直してる、という言い訳は聞かない。
そう解釈した私は、さらに深く彼の口内を舐る。深く、静かに。ぴちゃぴちゃと、どこか澄んだ音色は次第にびちゃびちゃと淫靡な粘り気を含んでいく。
聞き慣れた音。懐かしい音だ。この微かな音は、意識して音を立てない限り外にはさほど漏れない。私の鼓膜を振るわせるのは、頭蓋を通じて音が伝わるからだ。
「ふ……ちゅ……ふぅ」
相手は応えてくれないが、しかし拒むわけでもない。いや、単に動けないだけという話もあるが、あまり気にする必要はないだろう。本気で拒むのなら、そもそも口を閉じれば良いだけなのだから。
「ちゅ……は……ぅ」
特に美味くも不味くも無い味が口中に広がる。少々息も苦しくなったので、一旦離れる。
「……ふう」
「は、はあ……はぁ……」
私としては、それほどしつこく吸ったわけでもないのだが、いきなりだったせいか士郎は呼吸を荒くしていた。そしてさらに、まるで怒りに震えるバゼットのように体を震わせている。もっとも、彼の場合、心を占めているのは怒りというより照れと驚きだろうけど。
「……な、何で」
こんな事をしたのか、だろうか。動揺しているせいか、彼の呼吸が整わず、掠れて続きの言葉が耳に届かない。だが、何を言いたいのかくらいは想像がつく。
だが、その質問に答えてなどやらない。いや、答えようがないといった方が正確か。どうにも、勢いでやってしまった部分があるから――
「……」
いや、それも違うような気がする。違うような気がするが、しかし……ならば本当の理由は何なのかと問われれば、やはり判らない。自分のことなのに判らないというのも妙な話だが、そこに嘘など無いのだから困ってしまう。
仕方ないので、こんな言葉でお茶を濁してみる。
「理由が二つあります。一つは、からかっていない事を証明するための礼の変わり。もう一つは、貴方は私の服を着るのが嫌で、私もまだ体が冷え切っている。それには、肌で暖め合うというのが一番という事」
咄嗟の思いつきにしては上出来だ。実際には、既に暖炉に火を入れているので部屋はかなり暖かくなっている。だから、暖め合うなどと言う行為は不必要である。
――でも、今はその程度の事でこの行為を終わらせたいと思わなかった。だから、下らない遣り取りはとっとと切り上げ、再び士郎の唇を味わうことにした。
「ちょ……!?」
「ちゅ……る……」
抗議の声を無視し、再び唇を貪る。私の唾液が付着しているせいか、さっきのと比べて味が変わっているような気がする。もっとも、私の舌は他の機関と同様、馬鹿になっているから実際にはただの思いこみに過ぎないのかもしれないが……まあ、その辺りの事はどうでも良いだろう。
「う……ふ」
そのまま、聖骸布を動かして殺風景なベッドに押し倒してみる。鍛え上げられた肉体も、聖骸布の前では形無しだ。何ら反発する力も感じられず、あっさりと士郎の体はベッドに横たえられた。
「はあ……う」
喉の奥を突き刺さんとばかりに舌を伸ばす。限界まで伸ばしても、流石に喉の奥までは届かないけど。
そのまま、口の中をくまなく舐め回す。舌の表面、歯の裏、頬の内側から、何から何まで舐め尽くす。
「ぅ……うん……ぁ」
「ぐ……」
だが、しばらく続けると少々顎が疲れてくる。よく考えると、私の名前の原産国でもあるこの国に来てから半年以上、このような事をしていなかった。その間、鍛えてもいなかったから、弱くなっているのだろうか。もっとも、向こうにいたときも己から誘ったことなど一度もなく、自ら口を動かす機会もなかったのだけど――
「――」
そして、今、私はどうして自らこのような行為に及んでいるのか。別に、こういった事が好きだというわけでも無し。不本意だが、考えても理由が思いつかない。
彼を聖骸布で絡め取ったときの感情を思い起こせば、恐らく極めて単純に……衝動的、という理由は付けられるのだろうけど。何だか、それを認めてしまうのは面白くない。
面白くないから、そのまま口を離す。
「く……はあ、はあ……」
長らく口を塞がれていたからか、大袈裟に士郎は息を乱す。酸素を求め、唯一自由になる首を上に上げ、天井に向かって喘いでいる。よほど苦しかったのか――風呂上がりというのもあるのだろうが、額には汗が滲んでいる。
「……」
いや、別に口を塞がれていたとしても、人間は鼻でも呼吸は出来るはずだ。つまり、彼が息を乱しているのは酸欠とはあまり関係がない筈――
「……う、ぁ!?」
裏返る士郎の声を無視して、私はおもむろに彼の股間を撫で上げた。そこには、柔らかいふにゃふやした物など無く、ただ堅い棒があっただけだった。
「……ふふん、また随分と興奮しやすいたちなのですね。口付け程度でこれほど堅くなるとは」
「いや、それは……ってか、さっきから何やってんだ、アンタ!」
士郎は、未だ事態が飲み込めていないのか、抗議の声を上げる。しかし、聖骸布で拘束されている限り、それは犬の遠吠えでしかない。
「いえ、先程も説明した通り、私も体が冷えたので暖まりたいと。幸い、貴方は入浴した直後なので、懐炉として最適な体温になってますから」
「説明になってないだろ! 寒いんなら、俺はもう出たんだから、カレンもさっさと風呂に入ってくればいいだろ!」
鈍い男だ。そんなもの、本当の理由な訳がない。別に、私は、風呂に入りたがらないほど不潔な女ではないし、その程度の事も億劫がるほど無精でもない。
じゃあ、どうして入ってこないんだ。その答えは、私にも未だ良く判っていないのだけど――その判らない感情を察するくらいの芸当、男ならして欲しいものだ。まあ……この直情型には不可能な芸当というのは嫌なほど理解しているが。
「……まあ、確かにそういう手段はありますが」
だったら、そんな男に遠慮することもない。私は、そのまま無造作に彼のバスローブをはだけさせる。
「ちょ!?」
「……へえ。背が低いからどうかと思ったのですが、意外と立派なのですね」
彼の下着は、既に硬直したそれによって、高く押し上げられていた。
士郎は暴れて抵抗しようとするが、マグダラの聖骸布は男が破れる代物ではない。がっちり固定された腕や足を暴れさせたところで本人が疲れるだけである。私は、わざとらしくゆっくりと彼の体に指を滑らせる。
「……大人しくなさい。これから、良いことをして差し上げますから」
「いや、それはおかしいというかちょっと待てと言うか有り得ないというか兎に角ストップストップストップ!」
小煩い声が、かなりの音量で部屋に響いたが――そのような悲鳴など、私の手を止める有効な手段に成り得るはずもない。力を伴わない言葉は単なる言葉に過ぎないのだ。
そのまま、トランクスを膝下まで下げてみる。躊躇などしない。
「うあ!」
バネ仕掛けのように、解放されたそれは大きく跳ね上がり、私の顔に突き付けられる。
「ふむ……やはり勃起していたのですね」
「いや、お前……そんなマジマジと見詰めるものでもないだろ……」
身動き取れない状態で、急所を晒される不安からか士郎の声は尻すぼみに小さくなっていく。所詮は、経験の乏しい犬。むしろ堂々としていれば良い物を、そのような態度を取られてはこちらの思う壺だと言うことが判らないのか。まあ、こちらとしては好都合なのかもしれませんが。
「……さて、窮屈そうですし沈めて差し上げましょうか」
「いや、そんな事は……しなくて良いから」
そう言われても、手を止めるわけもない。言葉に詰まるのは、期待に胸を膨らませているから。それくらいは、誰でも知覚できるくらい彼の息は熱っぽい。先程までの苦しみに因るものとは別種であることは明白だ。
だから――
「止めろと言われても……ここはそう言っていないようですが」
私は、そのままそこに手を添えた。
「うあ……?」
力なく呻く士郎。その喘ぎに――僅かながら興奮を覚えてしまう。そのまま、いつもの手順通りに目の前のペニスを上下に揺する。
「う……あ……うぅ」
士郎の口からは、規則正しく動かす私の手の動きに合わせて声が上がる。何とか声は出さないように歯を食いしばっているようだけど、完全に押さえ込むことは出来ていないようだ。
しかし、この程度の刺激でそこまで耐え難い表情をするというのは――
「……随分と気持ちよさそうですね。無理をしなくても良いのに」
「……無理なんかしてない。それより……さっさと手を離して」
さっきまでの乱暴さは影を潜め、今度は懇願するような声。股間から伝わる得体の知れない快楽がそうさせるのか、それは判らない。私は男じゃないから、男の快楽がどんな物なのか正確には理解できないから。
それでも、まあ判ることはある。
「それにしても、ちょっと堅すぎますね。キスからはじまってまだ数分しか経ってないのに、もうちょっと強く動かしただけで射精しそう」
普通、あのような事態が起これば、臨機応変とは言い難く、お世辞にも女慣れしているとは言えないこの男の事だ。縮こまって、こんな風にすぐになるとは思えない。
それは、まるでこの部屋に来たときから既にいきり立っていたかのように……
「……ねえ?」
「あ、あのなあ!?」
単なる推測、当てずっぽうと言っても良かったのだけど、どうやら図星らしい。真っ赤になったその顔は、見ていてなかなか滑稽で、私の中の僅かな嗜虐をそそられる。遠坂凛の気持ちが、少しだけ判ったような気がする。
「……ふふ、別に責めているわけではありません。一つ屋根の下に男女が二人きり。その一方が風呂に入っていれば、性的興奮を覚えても何ら不自然ではありませんから」
ペニスを、強く――強く擦ってみる。そして、彼の呻く声をもう少し近くで聞きたくて、そのまま体をずらして胸をはだけさせ、その意外なほど筋肉質な胸部をぺろぺろと子犬のように舐めてみる。
「くぅ、あ……」
……望んだ通りの鼓膜を震わせる。ちらりと、上目遣いに彼の顔を盗み見る。目を閉じ、快楽に耐えようとしているその顔は、何というか見ているだけでとても楽しく感じる。
余程溜まっていたのか、この程度の刺激でももう抵抗する気が失せるくらい気持ちが良いらしい。別に特別なことなどしてはおらず、ただ男が普段自慰をするようにペニスを上下に動かしているだけなのだけど。
「……可愛いですね」
思わず、そんな言葉が口をついて出た。尤も、士郎はその声に反応はしなかった。それは、本当に小さな声だったから、快楽に打ち震える彼の耳には届かなかったらしい。
「……」
少々残念な気持ちと、まあ良いかという諦観と、聞かれなくて良かったという安心と。矛盾した感情が心を占める。
私は、これまで何かを可愛らしいと思ったことは無かった。いや、可愛らしいという気持ちは理解できている。ただ、それを実感したことは無かった。それを教えてくれる人が周囲にいなかったのだから、当然だろうが。
だから、彼の顔を見てふと湧いた感想が、本当に可愛らしいと思うべき物なのかどうかは判らなかった。だから――彼に己の気持ちを伝えるために聞いて欲しくもあり、間違っていると指摘されるのが怖くて聞いて欲しくなかったのだろう。
取りあえず、私はそう結論付けることにした。今、この情事の場で深く考えられそうも無かったから、この件は後回しにする。結論を急ぐべき事柄でもないのだから、構わないだろう。
ただ――気恥ずかしいという気持ちが、そう決めた事によって簡単に消えるわけもなく。私は、誤魔化す気持ちも込めて手の動きを少しだけ早めてみた。
「あ、あ……くっ!」
その動きが、彼の限界を少しだけ超えてしまったのか。あっさりと、彼は精を放出した。
私は彼の顔を眺めていたので、その瞬間は確認できなかった。だが、手にかかる生暖かい粘ついた感触が降り注ぎ、彼の体が小刻みに何度か震えたものだから、すぐに射精したのだと判った。
「……」
彼の顔を眺めるのを一時中断して、彼の股間の方を眺める。
予想通り、彼は射精していた。粘ついた白い液体が、彼のペニスとそれを握っていた私の右手を穢している。別に、その光景自体は私にとってそれほど珍しい光景というわけでもないのだけど――ただ、自分から男を射精させたという記憶はあまり無い。もしかしたら、初めてかもしれないと思うと、やや気恥ずかしさを感じなくもない。
「……あ、いや……すまない」
士郎は、まるで自分が悪かったというように本気で謝ってきた。
……だから、どうしてそんな風に謝ろうとするのか。私の方から迫っているというのに。どうして、私が不機嫌なのか、こんな行為に及んでいるのかまるで判っていないらしい。それが何となく――いや、かなり癪に感じる。
「……それにしても、早漏ですね」
「……ぐ」
自分の気持ちに整理が着かなかったので、取りあえず見たままの感想を述べてみた。握ってから、僅か数分。一般的にかなり早いのではないだろうか。そんな率直な言葉が随分と心に深く突き刺さったのか、士郎は頭を項垂れさせていた。
「本当の事でしょうに。さすり始めてから、まだ数分しか経ってませんよ」
そう言ってやると、黙り込む。反論の余地はないらしい。
それにしても、どうして男はさっさとイく事を嫌うのだろう。女は兎に角早めにイかせようとするくせに……って、まあそれはどうでも良い。
そんな事をぼんやり思っている間にも、会話は続く。
「いや、だっていきなり……」
「いきなりでも、普通は耐えるのが礼儀でしょうに。それとも、普段から遠坂凛や間桐桜に対しても、これくらい早く果てて呆れさせているのですか?」
「あ、あのなあ! 別に一緒に住んでるだけで、俺はそんな事……」
慌てたように、士郎は彼女たちとの肉体関係を否定してきた。
そうまでして否定する必要もないだろう、とも思ったが……必死で否定する彼もまた、滑稽で見物だった。
「別に、隠す必要はないでしょう。彼女たちは貴方に好意を持っている。教義上、一夫多妻は認められませんが、信者でない貴方にとやかくは言いませんよ」
「いや、だから本当に違うって。そりゃ一緒に住んでるけど……てか、そろそろ本当に離してくれって!」
「……」
彼の言葉が、本当なのかどうかは判らない。確かに、複数の女を股に掛けて平気な男では無いのだろうけど、反面状況にすぐ流されそうな男でもある。
「……本当なら……」
だから、正直あまり信じられない。嘘を言うような人物ではないだろうが……何となく、信じられなかった。
「……それを証明していただきたい物ですね」
「証明って、んな無茶な」
士郎は困惑した声を出す。確かに、簡単には証明できない事だ。いや、魔術師ならば脳を掠め読む事で、言葉の真偽も判別できるのだろうけど、私にそんな芸当は無理だ。
「ええ。確かに通常の方法では無理でしょうね」
「……ああ。だいたい、それはお前に関係ないだろ。それより、いい加減にこの悪ふざけを止めろって」
「……悪ふざけ、ですか……」
何となく、その単語にカチンと来た。さっきから私は不機嫌だったけど、一線越えてプラス怒りの感情も芽生え始めた気がした。
「……え、いや、その」
私の不機嫌さが伝わったのか、彼は戸惑い気味に言葉に詰まる。
「だいたい、少しおかしいだろ。何考えてるのか知らないけど、もう気が済んだだろ? 俺が何か気に障ることしたってんなら謝るし、だからもうこんな事は止めろって」
……呆れた男だ。ここまでやって、私が何かに怒っていると誤解しているのだろうか。だとするなら、それはとてつもない勘違いであり、馬鹿馬鹿しいまでに正確な洞察でもあった。
「……はあ、まだそんな強情な事を言うのですか」
そんな言葉がまだ出てくることに呆れてしまう。その程度で止めるのなら、最初からやるはずもないだろうに。
「頭の悪い駄犬には、お仕置きが必要なようですね」
「? 何言って……?」
わざと、ぼそぼそと呟いたせいだろう、士郎は私の声が聞こえなかったらしい。暢気に聞き返してきた。その声を無視して、私は私のベッドに寝転がっている駄犬の股間を――軽く、踏んでみた。
「うひゃ!?」
当然というか、士郎は思いっきり仰け反った。挙げ句、奇妙な叫び声も上げた。さっきまでの鼓膜を振るわせていた呻き声とは全く別種の、純粋な驚きによる悲鳴だ。
……なんか、少しだけ背筋に寒気が走った。それは、体が冷えているからという訳じゃない。
私は、止めずに機械的に彼の股間を足で軽く踏み続ける。
「う……おぁ」
苦痛と快楽が混じり合った声。それが、妙にくすぐったく鼓膜を揺する。この声をもっと聞きたい。そんな、不純な欲望が体の奥底から湧いてくる。それは、今まで――彼をからかうのとも少しばかり違う、自分でも良く判らないほど得体の知れない感情だった。
「……ふん、足で擦られて良い気分になるなんて、随分と変態なのね」
つい、口を突いて出てくる言葉には、自分でも気付かざるを得ないほどの艶が含まれていた。正直、自分でも少々嫌悪感を催す。
普段から、やや慇懃無礼に振る舞ってはいるが、このような単純極まりない罵りの言葉なんか、今まで口にしたことは無かったのだけど――
「……」
マズい、ちょっと止まりそうにない。衛宮士郎が気に食わない訳ではない。そもそも、私の性格上、本当に気に食わない相手というのは存在し得ない。
なのに、この異様なまでの胸の高鳴りは……
「ふふ、どんどん堅くなってる。そんなに――良いのですか?」
おかしい、口まで止まらなくなっている。本当に、どうなってるんだろうか。これまで感じたことのない高揚感は。
「うあ……」
士郎は、痛みと気持ち良さからか反論さえせず――それとも、単に反論の材料が思いつかないだけなのか――私から見下ろされながら喘いでいる。
体を捻ったりして、何とか聖骸布の拘束から逃れようとしているようだけど、無駄な努力だ。それに、その力も最初のものと比べれば、段々と弱々しくなっている。むしろ、腰は私の足の裏を押し上げるように――つまり、ペニスを私の足に押しつけるような動きをしている。
そこまで、期待されては止めるわけにもいかないでしょう。
「……ふふ、まるで……本当に犬のようですね。ただ、快楽に押し流されるだけなど」
自分でも、無茶苦茶なことを言っているなと言う自覚はあるが、そのまま続ける。
「蔑みの言葉が――そんなに、気持ちいいのですか?」
士郎がそういった性癖を持っているかどうかは判らないが、この異常な状態で――股間を少女の間の前で晒され、そして足で嬲られるという事態に羞恥しない男というのはいないだろう。
羞恥、そして怒りや興奮、そういった要素がペニスを勃起させるのだから、士郎の反応は寧ろ正常と言うものだ。
ただ、それを言ってしまっては面白くない。
「だとするなら――普段から、私の言葉に欲情していたのですか?」
普段から、彼に対しては結構な侮蔑の言葉を吐いている。無論、それらが彼に情欲を与えているとは思えないが、今は確証など無くても兎に角羞恥を煽る言葉だけ言えばいい。
ただ、ひたすらに嬲るだけ。それなのに、思わず私まで喘いでしまいそう。
「……さあ、何か言ってみなさい。罵倒の言葉でも、言い訳でも、懇願でも……」
侮蔑の言葉を吐く口からは、言葉と同時に濡れに濡れた隠微な吐息も漏らす。意識してのことではない。既に、私の意識もどこかおかしくなっている。
別に生娘でもない癖に、足の裏で押し潰している雄の器官にやたら熱い視線を注いでしまう。はあはあと、士郎ではなく私の方こそ犬にでもなったかのように荒い息をついている。
「……はあ、はあ……」
湿り気を帯びた空気は、吸い込むだけでも重労働だ。粘り気が、喉に絡みついて言葉も満足に紡げないような錯覚さえ覚える。だから、少しでも空気を得るために罵りの言葉を続ける。
「全く、足でさえ快楽を発生させるなんて、雄の器官というのは随分と節操がないのですね」
「……いや、これはその……!」
「それとも、これは貴方だけなのかしら。あれだけ屋敷に女性が多いと、自慰だって殆ど出来ないでしょうし」
無論、室外では雪が降っているので普段より多少湿度は高いのだろうけど、本当に息が詰まるほどの訳がない。ここは熱帯の洞窟では無いのだから。
だが、そんな風に感じるのは事実で――この不快な空気から逃れたくて、私は足での愛撫を中断し、半ば八つ当たり気味に士郎の股間に顔を埋めた。
「……おぁあ!?」
唐突に生じた感触からだろう、士郎は金切り声と言っても良いほどの悲鳴を上げた。先程の、手で股間を撫で上げた時の物より遙かに大きい声だった。
「……うぁ、ちょ、何やって……!?」
「手に続いて、足だけで――というのは、流石に可哀想ですからね。そろそろ、口でも使ってあげましょうか」
多分、聞かれるだろうと思っていたので、男根から一度口を離して早口で用意しておいた言葉を吐いてみる。別に律儀に返事をしなくても良いのだろうけど。
取りあえず、言うべき事は言ったので再度ペニスに口付けする。
「ふう……む」
意外と大きめな士郎のペニスは、頬張るのに少々苦労する。限界まで顎を開き、ようやく口に半分ほど含む事が出来た。それほど大きくはない癖に……と、流石にこれを言うと回復不能なダメージを与えそうなので黙ることにする。どの道、こんな物を頬張りながら何かを言うなど出来ないし。
──ぬるっ、ちゅぷ……くちゅ……
代わりに……というわけでもないが、頭をゆっくりと前後に揺らしてそれを扱いてみる。
「う……むぅ」
その動きは、自分で想像していたよりもぎこちなかった。初めて、と言うわけでもないが、自分から行為を行うのは殆ど経験がないから当然かもしれない。まあ、こういった事が上手くても、立場上あまり自慢にならないような気もするけど。
そんな下らないことを頭の片隅で考えるのは、やはり今の私の姿がとても恥ずかしいものだと自覚しているためだろうか。
「は……ぁ……」
既に限界まで堅くなっていたと思っていたけど、士郎のペニスはまだ血の通う余地があったらしい。さらに大きく、堅くなってきて、一度含んだのに口から飛び出してしまいそうになる。
まったく、欲情した犬でもこんな節操のない行動は取りませんよ。そう言ってやりたかったが、口が塞がっているためやはり心の中で愚痴るしか無い。
「んぷっ、ん、じゅる……んあ……んっ、ぐ……」
取りあえず、わざと擦過音を立てて気を紛らわせることにした。唾を出して、ペニスに塗して泡立てる。じゅじゅ……と、本来なら不快感しか催さない音だけど、何故かこういった閨事の際には興奮を高める材料となる。
「ふ……ん、んんぅ……」
「はあ……うぁ……」
口一杯に異物を含んでいるから、唾液がやたら出てしまう。口元は既に唾液でべたべたで、とても下品なのだろうけど拭き取ろうとは考えなかった。
士郎も興奮しているのか、もう聖骸布から抜け出そうとはしなくなった。それどころか、明確に腰を持ち上げようとしている。おそらくは無意識なのだろうけど、その行動は私の口にペニスをより深くねじ込む事に繋がる。
何だか……それが、とても愉快に感じる。
これまでは、自分から動いて相手に快楽を与えるような行動を取ったことはないのだけど――まるで、士郎を支配しているようなこの感覚は悪くない。
聖骸布が彼を解放するはずもなく――つまり、彼は私のなすがままと言うことだ。ただ、私の与える快楽を受容するだけで、自分から求めることも逃げることも出来ない。全ては、私の行動次第――
「……何というか」
それは、やたらと己の好みにぴったりと来るような気がした。聖職者としては――いや、一般人としても少々褒められたものではない性癖だが、それを私は有しているらしい。これは、新たな発見だ。
「じゅ……じゅる、ぐ……ふぷ、はあ……はあ……」
「う、ぐ……!」
割とあっさり、終わりが来た。士郎は、二度目とは思えないほどの量を私の口の中に放出してくる。腰が大きく跳ね上がり、ペニスの先端が一瞬膨らんで、次の瞬間には青臭い液体が口中を満たす。
「うむ……ぐ」
勢いよく吐き出される精液は、元々ペニスを頬張っていた私の口の限界を超えていたが、何とか全てを嚥下した。
「……はあ……は……」
射精した疲労感からか、士郎は大きく息をつく。
私も、慣れないことをしたせいか、少し顎が疲れたのでペニスから一旦口を離す。調子に乗っていたせいだろうか、顎が相当だるくなっている。閉じることも億劫で、空いたままの口の端から唾液が滴り落ちる。
その際、士郎が残念そうな呻きを上げた。
「……ふふ、私の口はどうです? 遠坂凛などはこういう事をあまりしてくれないでしょう?」
対抗意識など無かったはずの少女を引き合いに出して、何をアピールしているのか。そう思ったけど、何だか言わずにはいられなかった。
「……は、うぅ……いや、だから俺にそんな経験は無くてだな……」
律儀に答えてくれる。それを信用はしないけど……嘘では無いのだろうか。
「……まあ、良いです。それより――だったら、ここで女の味を教えてあげましょうか」
「……は?」
皆まで言わせず、私は手早く下着を脱いで彼の体に跨った。
「お、おい!?」
「……貴方も随分と楽しんだのでしょう? そろそろこちらも気持ちよくして貰いましょうか。まだまだ――出し足らないようですし」
士郎は目を白黒させていたが、気にせず作業を続行する。士郎のペニスは、二度も射精したというのに硬度を失っていない。余程普段溜まっていたのか、それは知らないが。
私の唾液と彼の精液で濡れたペニスをやや強めに握り、私の中に入れるべく私自身に右手で触れた。
「……うぁ」
一瞬、背筋に電流が走った。ただ、ほんの少しタッチしただけなのに――気をやりかけた。
そこは、自分でも驚くくらいに濡れていた。濡れているのには気付いていたけど……滴るという形容が相応しいくらいの濡れ方。実際、ぽたりぽたりと私の中から分泌された興奮の証しが士郎の拘束された体に滴り落ちている。
これまで記憶にないほどの濡れ方。まだ相手は、私の体のどこにも触れてさえいないというのに……
しかし、驚きはそこまでだ。それよりも、早くそこを埋めたいという欲望が体の奥から湧いてくる。
「……っ……さあ、入れますか。抵抗……しても無駄、ですから……」
気が昂ぶったせいか、呂律が上手く回らない。いや、こうしている時間も惜しいとさえ思ってしまう。
「んっ! んぅぅ……っ、んぁぁっ!」
「あ……く」
丸い物がそこに当たった。そう思った瞬間、あっさりとそれは入り込んできた。ずぶりと、肉が割れる有り得ない音がした。
「はあ……ふう……」
一瞬だけ、また気をやりそうになるがその寸前に快楽の波が一段落した。股間からは、焼き鏝でも当てられたような錯覚さえ覚えるほど、熱い圧迫感を感じる。そこを見てみれば、根本まで突き刺さった士郎のペニスと、それを貪欲にくわえ込んでいる私の秘所が見られるはずだ。
「あ、う、ああっと……」
士郎は、真っ赤になりながらそこを見詰めていた。まあ……この状況なら、目をやるのは当たり前でしょう。
彼が、それを凝視していた。未だに現状を把握できていたいのか、やや呆然としたその表情からはどんな感想を抱いているのか推測することは出来ないけど――
「……取りあえず、全部入ったようですね。どうですか?」
「いや……あー」
何も言葉が思いつかないらしい。
……この対応を見るに付け、ひょっとして本当に童貞だったのだろうか。あれだけ女性比率が高い家にいるのだから、幾人かは摘み食いしていたと思っていたのだけど……
「……一応、私の奥まで届いてます。案外、なかなかの物を持っているのですね」
「いや、そんな風に冷静な形で論評されても、どう反応して良いんだか判らないんだが……」
「……ふう。そう言うときは、お前もなかなかの物を持っているな、とでも返せないんですかね、この犬は」
「……え?」
士郎は、この上なく間抜けな面を晒す。
「……つまりですね。折角交わっているのだから、相手の具合を論評するくらいは普通だと言うことです。まあ、大抵は多少の不満があっても褒めるべきですけどね。罵りプレイがお好みだと言うのなら、それ相応の罵倒の言葉を贈りますが……?」
「い、いや。アンタが色々と言うと洒落にならなさそうだし遠慮する……って、それは恋人同士の話だろ! いきなり押し倒してきて何言ってんだ!?」
「……二度も射精した男の言う事じゃありませんね」
「あっと……それはまあそうだが、生理現象なんだししょうがないだろ!?」
「…………」
……何というか。士郎の物言いに何だか頭に来てしまった。理由は――例によって判らないのだけど。
取りあえず、私は腰を振ることにした。
「う……!」
「は、ふう……」
突然に私が動き出したからだろう。士郎はまたしても悲鳴を上げる。私も、流石に自らの体を貫かれては喜びの声を上げてしまう。もっとも、私には声を抑える理由はないが。
「あ……う、あ……」
「はあ……く」
割と奥に来るので、私も呻いてしまう。よく考えると、手で扱き口で扱いてきたわけだから、これまでは私の方が攻められる事が無かったのだったか。それに、これまでの行為で興奮した私の体は、あっさりと悦びを受け入れようとする。
「あ、あう……く、はあ……はっ」
……ここまで性急に興奮の度合いが上がった事はついぞ記憶にない。いや、あったのだろうか。初めて、という感覚ではない。だが、記憶にない――
「は……はぁ、はぁ、はあ、んっ……!」
記憶にないことを、今気にしても仕方のないことだ。私は、それを振り払うかのように激しく腰を振ってやった。
「ぐ、づ―――!」
衛宮士郎は、やはり快楽に溺れる。最早、抵抗する気が失せているのか――現状を受け入れないまでも、私のリズムに従って素直に悦んでいた。無論、頭の中ではこの現状につ、いていけていないのだろうけど、体は正直だ。
「ハ―――あ、ガッ……う」
このまま、快楽の虜にさせてやりたい。そんな物騒な思いさえ頭に浮かぶ。
「――ハ、ハ」
何だか、その思考がおかしかった。私自身、単なる気紛れで始めたと――無論、そこに自分でも理解できない感情があったことは事実なれど――そのように理解していたのだけど、どうやらやはり違うらしい。
「あはぁ……んっ、んぁぁ……っ!」
私の下で、聖女の名を冠された聖骸布に縛られながら快楽にのたうち回る男を見やる。
「……エミ、ヤ――シロウ」
それが、この男の名前だ。そんな事、今更確認するほどのことでもないだろうに……
そうして、漸く気付いた。この睦言が始まってから、まだ彼の名前を呼んでいなかったことを。そして――よく考えてみると、彼は私の名前を一度も呼んでいないと言うことも。
「……」
それに気付いてしまうと、士郎の快楽を堪えようと必死に歯を食いしばっている様子が、どうにも小憎らしく感じる。
「――え」
私は、腰の動きを弱めながら士郎に体を預けるように前屈みになる。その動きに気付いた士郎は、快楽に打ち震えながらも眉を潜めていた。
私は、そのまま士郎の首元に顔を埋めて――
「んっぎゃー!?」
――思いっきり噛みついてやった。
その瞬間、士郎のペニスが打ち震えてあっさりと射精を迎えてしまった。
流石に、短時間で三度もの射精はきつかったのか、それともここまで荷物を運んできて体が疲れていたのか、あるいはその両方か。
あの後、彼はあっさりと眠りに落ちてしまった。その寝顔を見て――何となく、蹴り飛ばしてやりたくなった。こちらはまだ満足していないのに。
だが、よく考えれば私はそもそもこういった行為に快楽を求める人間ではないはず。だから、それを不満に思うことなど有り得ないはずなのだが――これほどまでに近くにいながら、剣で食い破られることがないのにこのままのんびりと無為に時を過ごすのが、少々苦痛にさえ感じてしまう。
「……」
聖骸布をいい加減に外してやると、やや苦しげだった寝息も正常に戻った。
「……」
結局の所、この行為の及んだ最大の原因である苛立ちは解消されたのか。それは自覚できないが――取りあえず、眠ってしまおうかと思った。
無防備な姿で眠り続ける彼の横に、体を横たえる。ふと、彼の首筋を見やると思いっきり歯形が付いていた。無論、私が最後に付けた物である。それほど強く噛んだ覚えはないが、未だに痕が残っている。
「……ふう」
見かけによらず、筋肉のついた体を抱き締める。意外と、温もりがあって気持ちが良い。士郎を懲らしめた後、私も風呂に入ろうかと思ったけど、これだけ暖かければ裸のまま眠ってしまっても風邪も引かずに澄みそうだ。
だから、目を瞑った。疲れていたのか、すぐに睡魔が落ちてきた。
本来、一人用の安物のベッドが、二人分の体重にギシギシという悲鳴を上げるのを聞きながら――私は、神の家で堕落した眠りに落ちた。
「……はあ」
溜息も吐きたくなる物だ。
翌日。私と士郎は、ほぼ同時に目が覚めたようだ。意識が覚醒した瞬間、眼前にあった士郎の目も開いたからだ。
目が覚めた士郎は、まず呆然とし、その後愕然とし、そしてこの世の終わりでも来たかのように頭を抱えた。
――その様は、なかなか見物だった。
将来は道化にでもなったらどうか。そんな私の揶揄には反応せず、彼は開口一番こんな事を尋ねてきた。
「…………えっと。一体、どうして……」
どうしてとは、一体どうしてだろうか。随分なご挨拶だ。少なくとも、男の方から聞く言葉ではない。期待して、損したようだ。いや、何を期待していたのか、私も把握できていないのだけど。
でも、彼の態度で判ったような気がする。
「……特に理由はありません。強いて理由を言うのなら」
――いや、これはまだ自分でも理解できていないのだから、言う必要はないか。代わりに、全然違う事を言ってみた。
「……蝸牛っているじゃないですか」
「ん? ああ、いるけど……それがどうかしたか?」
「いえ、それだけです」
ふと何の前触れもなく気付いたのは、取りあえず私は彼に好意を持っているらしいという事だった。本当に何の前触れもなく、そしてその理由さえ不明だ。だけど、彼が思い通りにならなければ、私は不愉快な思いに満たされる。少なくとも、特別な人間であるというのは当たっているだろう。
理屈は不明だ。本当に不明だ。あの幻の四日間は、私自身には何ら影響を及ぼさなかったはずなのだから、彼に好意を持つ理由もないだろう。
どうしてか。自問したところで、多分解答は出ない。
今は冬で、紫陽花も蝸牛もどちらも存在しない季節だけど――取りあえず、私の得体の知れない心中を語るにはその方が相応しいのだろう。
この二つの材料が、鮮やかに景色を彩る時までには私の心に解答は出ているのかどうか――それは誰にも判らない。
そんな小難しいことを考えていると、また昨日のイライラが蘇ってきた。
「いや、答えになって――」
「……それくらい、自分で考えてください。そんな事より――」
昨日、噛みついた痕に口付けする。それだけで、彼の体は硬直した。その隙に、再び聖骸布で体を拘束する。
「な、何を――」
「貴方が早漏すぎて、昨日は満足には程遠いまま放置されました。今日は満足させてくださいね」
取りあえず、このストレスを解消させようか。そんなどうでも良いことを重いながら、私は昨日の続きをサイカイした。
後書き
いや、カレンの一人称は難しい。
言葉責め、というのをやってみたかったのですが、上手くいっているのかどうなのか。
カレンと士郎は個人的に似合いだと思うのですが、くっついたら最後、行くところまで行っちまいそうな危なっかしさがあると思います。
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