■ 銀華の湯船 ■
MAR
風呂は極楽だと、昔の人はうまい事を言うもんだ。
バゼットに描かれた落書きも、どうにかこうにか薄くなってきた。悪い人じゃないのは確かなんだけど、何で突然あんな訳のわからない事をしてきたのやら。
あのまま消えなかったらどうしようかとか思ってたけど、何とか水に流せそうでほっとする。でも油性はマジで勘弁して欲しい。
自然口をつく鼻歌交じりに、糸瓜タワシでゴシゴシと体中を擦っていた時だった。
何の前触れもなく、突然目の前の引き戸が開け放たれた。
「へ……?」
「あら、入っていたのですね衛宮士郎」
間抜けな顔してそちらを見上げた俺を、銀の髪の女の子がきょとんとした顔で見つめていた。
一瞬で頭の中真っ白になったこちらとしては、アホみたいに口あけたまま胸を擦ってる糸瓜タワシの手を止めるより他無いわけでありましてというかちょっと待て待ってくれ。
いや、そりゃ最近異常に女の子比率上がってる我が家ですから、様々なアクシデントには常々備えて警戒はしているんですが。
こんなの予想出来ませんていうか出来るか。
「…………あー、カレンさん」
やっと搾り出した声で、暴挙の主の名を呼んだ。
呼んで、気づいた。
ゆるくウェーブのかかった銀の髪。猫を思わせる小柄な体。むき出しの肩にむき出しの胸にむき出しの腰にむき出しの太もも。
どこをどう見ても彼女はすっぽんぽんでした。
「ちょ、待て! 何で脱いでるのさ!」
慌てて目を閉じて風呂椅子の上で半回転、目を閉じた筈なのに瞼の裏には一秒前の白い肌とか艶やかな銀髪とか身長の割りに形がいい二つのふくらみとかおっぱいとかおっぱいとかが踊り来るっていますどうしよう。
「なんで、とは妙な事を言いますね衛宮士郎。貴方は服を着たまま風呂に入る趣味でもあるのですか?」
「いや、その前からおかしいから! 俺先客だから! 籠ん中に俺の服があっただろ?!」
「目が悪いもので。申し訳ありません」
「なら音で気づくだろ! 盛大にお湯使ってたんだし俺!」
「そんなの、聞こえない振りしてましたから問題ありません」
「ありすぎだーっ!」
その言動に一体どこから突っ込めばいいのか。さらりと流しやがったカレンの声が妙に近い気がする。
と言うか、俺の背中に妙な温もりが伝わってくるんですが!
具体的に言うとぷにぷにむにゅむにゅちょっと固いお豆が二つ。首筋にはなんか熱っぽい息が掛かるし脇の下から細い手が回されてきて俺の胸の辺りを撫で回してるし。
「って、何してるのさーっ!」
「いえ、折角ですので背中でもお流ししようかと」
「いらないから! 何が折角なのかとか良くわかんないから! とりあえずまだ俺入ってるから出直してもらえると嬉しいんですが!」
「そう言われましても、こちらとしても色々事情がありまして」
こちらの抗議をあっさり無視して、カレンがぎゅっと回した手に力を込めてしがみついてくる。押し付けられてるおっぱいの感触が、俺の脳味噌をぐるんぐるんと揺さぶって今にも沸騰してしまいそうなんですが割と本気で。
まずい。非常にまずい。
そもそもなんでカレンがこんな事してるのかも分からない。神に使える聖女のくせに、某赤いあくまより悪魔的な問題児だけど、男の裸を覗くような趣味はなかったように思うんだけどさ。
いや俺が知らないだけだったのかもしれないけど、でもこれはまずいだろ。風呂場でお互い裸でこんな事してるってのは、まずすぎる。他の住人にばれたら殺されるから主に俺だけが。
それでも恐怖と混乱とぽにゅぽにゅでこりこりな感触にくらくらした頭をぐるぐる回して、かろうじて打開策をひっぱりだした。
「……OK分かった。分かったから。なら俺が出直す。カレンさんゆっくり入ってくれ」
これだ。これだろうこれしかないこれで勘弁してくれ頼むから。
何で先客の俺が譲歩しなければいけないのか良く分からないけど、この場を穏便に収めるにはそれしかないみたいだし。
石鹸塗れの体が気持ち悪いけど、まぁバスタオルで拭けばどうにかなるような気もする。
目をつぶったままカレンの腕に手を掛けて、甘い戒めを振り解く。
「あら、せっかちなのね。でも先に上がるのは難しいと思うけど」
「何だって?」
引っかかる物言いに眉をしかめた瞬間だった。
なんかくぐもった足音が聞こえてきたかと思うと、
「姉さん、ボディソープもう切れてませんでしたか? 替えを持ってきたんですけど……」
「さ、桜?!」
曇り硝子の向こうに人の影。今全く聞きたくない後輩の声が聞こえてきましたよ?!
「あ、せ、先輩でしたかっ?!」
「ど、どうしたのさ桜。お、俺風呂入るって言ってなかったっけ?」
「あ、えと。すいません! 聞いてたんですけど……先輩いつも早いから、もう姉さんが入ってるとばかり」
曇りガラス越しにあたふたとしている桜の様子が伝わってくるのが微笑ましい。でもどう見ても俺のほうがあたふたしてますありがとうございましたお願いしますカレンさん離れてくれっ!!
「わ、悪い! その、ほら、バゼットとカレンの奴に書かれた落書きがなかなか消えなくてさっ!」
「あ……そ、そうでしたね! 災難でしたねあれは」
「いや本当! あの二人も悪戯好きにも困ったもんだよなほんとうひゃあぅ?!」
突然耳元に息吹きかけられて、声が裏返ってしまった。巻きつけられてる手がさわさわと、俺のお腹を撫で回している。
「ひどい事を言うのね。私は一筆たりとも描き加えてなどいないのに」
いやあんた拘束してただろ! そう叫びたいが今この状況で出来る訳もなく
「せ、先輩?! どうしたんですか?!」
「いや何でもない! 何でもないから! ちょっとシャワーの温度調整ミスっただけだから!」
とにかく桜を追い返さない事には事態の打開も図れない。もう一度変な声上げてしまったら、怪しんだ桜が突入してきかねないぞ。いやそれはないかもしれないけど非常にややこしい事になりかねない。
ああくそ、俺がいったい何をしたって言うんだ。
「と、とりあえずさ。もう少し風呂時間かかりそうなんだ。だから遠坂にもそう言う風に伝えておいてもらえないか?」
「わ、わかりました。でも、大丈夫ですか? も、もし背中とか手が回らない所あったら……その、わたし、お流ししますけど!」
ちょ、桜まで何を言い出すのさ!
「いや大丈夫! 大丈夫だから! 何とかなりそうだから、桜はそんな事しなくていいから!」
「……で、ですよね!? 本当、わたしったら一体何を言ってるんでしょうね?!」
気のせいか? 妙に残念そうな声だったぞ。いったい何なんだ最近のうちの女性陣は。
一番の問題児は今しがみついてる人だけど……うひぁこすり付けないでくれぷにぷにしてるよぷにぷに!?
「そ、それじゃ姉さんに伝えておきますから。先輩も湯当たりには気をつけてくださいね?」
「お、おう。なるべく早く上がるから!」
また声が裏返りそうに鳴るのは何とか抑えきった。ドアの硝子から人影が消えて、桜の足音が遠ざかっていくのを確認して、俺の口から特大級のため息が飛び出ていった。
「あら残念。桜さんももう少し強引だったら、さぞかし面白い事になったでしょうに」
カレンの奴は心底残念そうな声で言うと、俺の肩に顎を預けてくる。こんな状況でなければちょっと愛らしい行動かもしれないけど、今は全然嬉しくない。
「…………勘弁してくれ」
そもそもそんな事になったら自分の身だって危ないだろうに。だけどもしそうなっても、ひどい目にあうのは俺だけにしか思えないのは何でなんだろうな、ちくしょう。
「……てか。カレンも気が済んだだろ。これだけ俺の慌てふためいた姿を見れたんだから」
人の幸せに冷や水かけるのが楽しい。そんな無法を公言して憚らない黒シスターだけど、自分に火の粉が降りかかるのが嫌いなのは確かだ。
何より風呂場に裸で健康な男子と二人きり。そんなつもりは毛頭ないけど、何か間違いを起こされる恐怖とかそう言うのはないのだろうか。
「だから……」
とりあえず出直してくれ。そう言おうとした俺をさえぎって、伸びてきたカレンの手が糸瓜タワシを奪い取ってしまった。
「ちょ、カレン?!」
「言ったでしょう? 背中を流して差し上げます、と。バゼットは完璧主義者ですから、こちらに描かれた模様はあなた一人じゃどうしようもないでしょうに」
「いやそんなのあんたが気にするような事じゃな……」
また最後まで言わせてもらえなかった。カレンの体のぬくもりが遠ざかって、代わりに固い毛羽だった感触が背中を滑りぬけていく。
ごしごしと。ごしごしと。
彼女の手に握られたタワシで、俺の背中をこすっている。手の届かない首の下から背骨のラインを重点的に、何度も何度も丁寧に彼女の手が上下する。
「ん……と……」
時折漏れる小さな声は、彼女が力を込めている証だろうか。それでも見た目に違わずあまり力のない彼女だから、痛いという感じはない。むしろそれは少しだけ気持ちよかった。あまり認めたくないけれど。
気づけば俺は少し体をずらして、むずがゆい辺りをカレンの手の方に向けていた。
彼女が手桶で湯船からお湯を掬って、背中の泡を流していく。擦られて敏感になった肌に、ゆるゆると熱が染み渡ってくるのが気持ちいい。
ああ、そういえば。爺さんにも背中流してもらったなぁ。
不器用なのに力いっぱい洗ってくる切嗣の手はどっちかって言うと痛かったけど、今思い出せばそれはそれで懐かしい。
こんな事、もうずいぶんとしてもらった事なかったんだなぁ。
「……悪い。出来れば肩甲骨の下辺りをもう少し……」
「あら。催促ですか。あれほど嫌がっていたのに、ずうずうしいですね」
「……あ」
からかうようなカレンの声で、自分が何を口走ってしまったのか気がついた。
何を言ってるんだ、俺は。いくら懐かしかったからって、相手はカレンじゃないか。
「あー、その。すまん。調子に乗った。てかもういいから。落ちただろ? だからあんたは上がってくれ」
「いえ、まだ大事な所が残ってますよ」
「大事な所……?」
赤面した顔なんか見せられやしないし、何より今のカレンは裸だ。そっぽを向いたままそうつぶやくしかなかった俺の耳に、何かが床に落ちた音。
それがカレンの手に握られていたタワシだと気づいた瞬間、再び背中にまずい温もりが戻ってきた。
俺の両脇を通って、カレンの手が前に伸びてくる。左手はそのまま俺の胸の方に。そして右手は臍の下の方へと……って。
「何でさーっ?!」
「うるさいですね。駄犬の洗濯は飼い主の務めですから、当たり前でしょう。汚い所など残しておけません」
「だから俺は犬じゃなはぅ?!」
細く小さな指先で、乳首をつまみ上げられた。鈍い痛みのような、むずがゆいような形容し難い感覚に思わずうめき声を上げてしまう。だけどそっちは問題じゃなくて、まずいのは右手の向かってる先でありまして!
石鹸まみれのカレンの右手が、俺の太ももの付け根を何度も何度も撫でさすっている。
目の端にちらちらと映るカレンの白い手が、うっすらと赤い。背中にはまたふにふにと柔らかいモノがふたつ当たってる。罠だと分かってるのにそれが殊更、今のカレンの姿を思い描かせてしまう。
さっき一瞬視界に映ったカレンの裸。あれが今は湯気に当てられて、この手みたいにほんのり赤く色づいているのだろうってまずいまずいまずいまずい!
俺の意思とは無関係に、目を覚ましつつあるわがムスコさん。
静まれといくら念じた所で体中の血液がそこに流れ込んでるんじゃないかって勢いで元気一杯仁王立ちしかけてます。
この危険地帯を巧みに潜り抜けて、なおもカレンの右手は俺の太ももを撫でさすってる。
まずい。これ以上は本当にまずい。この状態がばれたら何を言われるかわかったもんじゃない。
何とかしてカレンの手を、安全地帯に誘導しないとまずい。
俺は牛の歩みでゆっくりと、ゆっくりと腰を捻って、カレンの手を膝の方へ導こうとする。あんまり急に動かせば、こっちの意図がばれてしまいかねないし。
「期待に応えて上げられなくて残念ね。そっちを洗うつもりはないわ」
笑いをかみ殺したようなカレンの声が耳に響く。その瞬間、彼女の指がそそり上がった俺のペニスに絡みついていた。
無駄な努力でしたちくしょう、って。
「うぁ、ちょ……待て……」
「そう言われて待つわけないじゃないですか。本当……こんなに大きくして」
囁く彼女の手の感触に、思わず息を呑んだ。お風呂場にいる筈なのにひんやりと冷たく、吸い付いてくるように柔らかい。赤黒く凶暴に勃ちあがったモノと、彼女の手の色とのコントラストが強烈だった。外見だけなら文句のない、可憐な少女が俺のペニスを握ってる。その光景の卑猥さに脳味噌がくらくらしてくる。俺がさせてるわけじゃないのに、目の前の行為への罪悪感まで生まれてくる。
だけどそんな理性を脇に追いやるほど、彼女の手が気持ちいい。
「体を洗ってもらっているだけでこんなにしてしまって。本当に貴方は我慢の出来ない人なのね」
「ま、て……くぅ、ちょ、カレン……たのむ、から……」
「あら、ココこそきれいにしておかないといけない場所ではないかしら?」
そそり立ったモノに手を這わせて、カレンが熱っぽく囁く。
指先は艶かしく動いて裏筋を擦り上げられる。むず痒さを踏み越えた刺激に、ゾクゾクと背中が粟立ってしまう。
びくびくと先が震えだす。カレンの指の動きはあまりに巧みだった。心臓がもう一つペニスの所に作り上げられてしまったみたい。自分の手でするのとなんかじゃ比較にならない気持ちよさ。このままじゃそう我慢なんて出来ずに、彼女の手の中に放ってしまいそう。
「駄目、だ……やめ、カレン……」
「そうですね」
息が乱れて切れ切れになった俺の言葉に、彼女はあっさりとうなずいた。それに合わせて右手の動きもぴたりと止まる。
「え……?」
いつもの彼女からすれば考えられない素直さ。困惑と、そして安堵の思いに間抜けな声を上げた瞬間だった。
「このまま手だけでシてしまっては、可哀想ですものね」
軽やかに、舞うような囁きが耳を抜けていく。
背中に掛かっていた重みがふっと抜ける。カレンが俺の前に回っていた。もうしがみ付かれていないのに、腰から力が抜けてしまって、風呂椅子から立ち上がることすら出来やしない。
胡乱に視線を下に向ければ、俺の足の間にカレンが跪いていた。
視界がぼやけてるのは湯気のせいなのか、それとも脳味噌が煮立っちまっているのか。だけど銀の髪の間から、上目遣いに俺を見上げる金色の瞳から逃れる事が出来ない。
「本当、なんてはしたない形なのかしら」
呟いて、カレンは俺を縛り付ける視線を下げていく。今度はただ一点、無節操にそっくり返った俺のペニスへと。ゆっくりと、彼女の顔がそこに近づいてくる。
止めないといけない。そんな事は駄目だ。がんがん割れそうな頭の中でそんな言葉が回ってるけど、なぜか指先一つ動きやしない。
「期待、しているのかしら?」
心の中を見透かしたように、カレンが微笑んだ。
「この――! そんな事、ない、から……」
「こんなに大きく固くして。説得力の欠片もないわ」
カレンの指がそっと、俺のペニスを握り締めた。そのまま二度三度さすり上げられる。愛撫とも言えない手の動きなのに、腰が情けなくも震えてしまう。
「くぅ、あ……」
次の瞬間、ペニスの先に走った灼熱に思わず声を漏らしてしまった。
熱い何かに隙間なく包み込まれた感じ。しかもそれは常に形を変えて、満遍なく亀頭を刺激して回ってる。一瞬真っ白くなった視界がだんだん形を取り戻してきて、それでようやく理解した。
「は……ん、む……ちゅ、ん……」
卑猥な水音を隠そうともせず、カレンが俺のペニスに吸い付いていた。ちろちろと舌を滑らせて、俺の亀頭を唾液で濡らしていく。鈴口の辺りを突付かれて、びくりと腰が震えてしまう。
「何、で……こんな事を……」
「さぁ、何ででしょうね……ん、ふぅ……くちゅ……」
快感の波に遮られて、声は途切れ途切れになってしまう。自分の行為で俺がどれだけ参らされてるのか良く分かるのだろう、カレンは満足そうに目を潤ませながら、
「強いて言えば……ん、お返しをしないといけないと思っただけです」
そんな理解できない事を、嬉しそうに言う。
「ちょっとまて、俺が一体あんたに何を……」
「さあ。アレは貴方ではありませんから理解はできないでしょうが。でも貴方であった事は確かですから。諦めてください」
分からない。彼女は何を言っているのか。
だけど俺に考える余地など与えてくれやしない。再び彼女の攻めが再開する。
今度は一息に中ほどまで、カレンの口の中に吸い込まれてしまった。
先ほどよりも強い密着感に、腰から背筋を電気が走り抜けていく。がくがくと揺れる体に彼女の手が回されて、そのまま根元近くまで飲み込まれてしまった。
俺を逃がさない戒めなのか、自分が離れたくない貪欲さなのか、どっちなのか分からないしどっちでもいい。あの時の彼女はなすがままされるがままだった。あの時っていつの事だ。彼女に何かした記憶は俺にはないのに、彼女の熱はなぜか覚えている。
「ふぁ……ン……ふぅ、あふぅ」
頬を真っ赤に染めて、くちゅちゅぷといやらしい水音を立てながら俺のペニスにむしゃぼりついてるカレン。猫が毛玉を玩ぶように、俺の陰嚢が掌で玩ばれる。
卑猥に歪んで口戯に耽る、その顔がなぜだか愛らしかった。
「あ……カレン……」
やりたい事など無いと言っていた彼女が、今この瞬間だけは俺を責めさいなむ事に価値を見出している。とても褒められた事じゃない筈なのに、それが何故だかひどく、可愛らしく見えてしまった。
――それで、張り詰めた糸が切れた。
一際大きく張り詰めた、モノが震えて堰が壊れた。
「くっ!」
「ん――!」
ペニスに吸い付いたままのカレンが目を丸くした。それでも顔を背けたりもせず、放たれた俺の精液を口の中に受け止めていく。
一体どこに貯まっていたのだと思うくらい、吐き出されていく精液を、しかし彼女は喉を鳴らして全部吸い上げてしまった。それでも足りないと言うように、鈴口に舌を這わせて、残った雫まで舐め上げる。
「随分と溜めていたのですね、衛宮士郎」
彼女の唾液だろうか、それとも俺の残りカスだろうか。唇の端をてらてらと光らせて、カレンが上目遣いにこちらを見上げていた。呟く声には、恨みがましい響きが篭っている。
……そりゃ、あんな物美味い訳ないし。そういう目をする気持ちも分かるけどさ。
そもそもそっちが勝手にやった事だろ。そんな言葉が喉元までせり上がってきたのに、口から出たのは別の言葉だった。
「すまん、その……急に出しちまって」
「全くです。断りもなしだなんて我慢が足りないわ。ちょっと早いんじゃないかしら」
唇の端を指先で拭い、ぺろりと下を出して舐め上げる。
……自分の弱気さ加減にも頭痛がするけど、カレンのこの態度は一体何なんだ。いくらなんでもこちらを馬鹿にしすぎなんじゃないだろうか。
本当に、何を考えているんだ彼女は。
湯気に霞んだ風呂場の中で、聞こえるのは互いの声だけだ。
見てはいけないと、最初は目をそむけていた彼女の裸に、いつの間にか魅入っている自分に気がついた。
焚き火に惹かれる羽虫のように、自分の中に生まれた何かを止める事が出来ない。気づけば俺は手を伸ばして、未だ腰を下ろしたままの彼女の右手を掴んでいた。
「衛宮士郎? 一体何を……」
「今度はさ、カレンの番だろ」
そのまま強引に立ち上がって、カレンの体を引きずり上げた。顔をしかめる彼女の表情にちくりと胸が痛んだけれど、心の中のもう半分が早く早くと急き立てる。
よろけた彼女を胸元に引き寄せて、俺は風呂場の壁に寄りかかる。頭上にはシャワーのノズル。手を伸ばして蛇口を捻ると、俺らに向かって勢い良くお湯が降りかかってきた。
「きゃっ?!」
悲鳴を上げて逃げようとするカレンの背中に手を回して、抱きとめてしまう。俺だってそんなに背が高くはないが、彼女を逃がさないようにするくらいは充分だ。
目には目を。背中流しには背中流しを。彼女の意見など知る物か。やられっぱなしじゃ男がすたる。でも女の子には優しくしろと爺さんが言ってたし、この辺りを落としどころにしておきたい。
「熱かったか? それならもう少し温くするけどさ」
ぬるま湯の雨の中で身を捩っていた彼女だったが、一応気遣った俺の言葉に動きを止めた。そのまま首を回してくると、射すような視線で睨みつけてきた。
「……何を」
「ん?」
「何を考えているのですか貴方は! びしょ濡れになってしまったではないですか」
「風呂に入ってるんだから当たり前だろ。大体、俺だけ背中を流してもらってカレンがそのままなんて不公平だろ」
「余計な気遣いです! 手だけ早くて気が回らない辺り、貴方の駄犬振りも相当ね」
「あのな、先に手を出したのはそっちだろ……」
体の動きを止めた分、投げつけられる言葉に容赦がない。カレンの言葉に反論しようとした俺は、しかし言葉を続ける事が出来なかった。
怒りに頬を染めて俺を罵るカレンの顔が、ひどく輝いて見えた。
際限なく滴り落ちる水滴が、明かりに煌いてそう見えただけかもしれない。だけど居間や教会で冷ややかに俺たちの行動を見やる彼女より、素の感情を見せる彼女の方がよほどいい。
「……どうしたのかしら? 突然黙ってしまって」
「綺麗だよな、カレン」
「は?」
ああ、いい加減お湯に当たりすぎてイカレてるのかもしれないな。
嫌味でも皮肉でもからかいでも何でもなく、腕の中のこの性悪少女の事が純粋にそう見えてしまってるのだから。
でも、カレンの顔の方が傑作だ。ぱちくりと目を瞬かせて、半開きに口を空けたまま俺の顔を見つめてる。そんな仕草に尚の事惹かれてしまう。
想定してない物事にぶち当たると、こんなに無防備な顔をさらけ出すなんて、ズル過ぎだろ。
「……とうとう目まで悪くなってしまったようですね。私に向かってそんな事を言う時点で、もう手遅れかもしれませんが」
「いや、カレンは綺麗だぞ。そりゃうちの家にはなぜか女の子沢山いて、誰も彼も美人だけどさ。カレンだって絶対負けてない。今のカレンは凄く綺麗だ」
「湯当たりでもしましたか? よりにもよって貴方が私にそんな事を言う時点でおかしいとしか思えません。大体、このような傷だらけの体のどこを見て、そんな台詞が出てくるのか……」
隙を見せたのは一瞬だけ。すぐにカレンはいつもの顔に戻ってしまう。だけど無意識なのだろう、手持ち無沙汰の右手を、そっと左腕の引き攣れた傷跡に這わせている。
それで、俺の中の何かが壊れた。
俺は彼女の頬に手を這わせて上を向かせると、そのまま唇を重ねた。
「ん――っ?!」
目を見開いた彼女の顔が視界一杯に広がって、そのまま何も見えなくなる。
困惑と緊張で彼女の背中が反り返るのを、左腕で抱きとめて支えた。
唇が熱い。触れ合う小さな彼女のそれは、溶け合ってしまいそうなほどに柔らかい。鼻息が俺の上唇の辺りをくすぐるのが妙にくすぐったい。逆に鼻腔に忍び込んでくる彼女の匂いは、中から俺を壊していくようだ。
胸板に置かれた彼女の右手が、俺を押しのけようと力を込めてくる。俺は彼女を抱きかかえた左手に力を込めて、逃がしてやらない。無言の押し問答が二度三度、やがて彼女の手から力が抜けて、するりと俺の左腕に滑り落ちた。
腕に伝わるカレンの肌の滑らかさ。唇に伝わるカレンの温もり。耳からはシャワーの音と彼女の息遣いが交互に伝わってくる。それがだんだん荒くなり、ぎゅっと俺の腕を握り締めてきて、初めてお互いまともに呼吸してないんだって気がついた。
慌てて顔を上げれば、酸欠でぼやけた視界の中で、恨みがましい目でカレンが俺を睨んでいる。
「……な……けほ、ん……何から責めればいいのか分かりませんが、とりあえず呼吸くらいはさせて欲しいものですね」
「あー、その」
「こんな強引な真似をしなくても、この体が欲しいというのであれば拒むつもりはありません。もっともそれほどの価値があるものとも思えませんが」
肩をすくめて呟く、カレンの口調は確信に満ちていた。
本気で、自分の体に魅力も価値もないって思っているのだろう。
口をつきそうになる怒声を噛み殺して、俺は彼女の左腕を取った。
「苦労したんだな。こんなにボロボロになってさ」
「……貴方は勘違いをしているわ。これが私の仕事なのだから、苦労の有る無しなど意味がない。貴方は人助けをすることに意味を求めているのかしら?」
痛い所をついてくるのは、こんな時でも変わらない。確かにそれを言われれば、俺には返す言葉がない。何かを求めて困ってる人を助けたりするわけじゃない。賞賛を求めて正義の味方を目指しているわけでもない。それが俺の目指すべき道だと、自分で決めたから進んでいるだけだ。
ああ、そうか。俺がカレンを見ると落ち着かないわけが。そしてカレンが殊更に俺を構ってくるわけが、おぼろげながら分かった気がする。
向いてる方向はお互い全く違っていても、俺も彼女もそのありようが似ているという事なんだろう。
それなら尚の事、言わずにはいられない。
「やっぱりカレンは綺麗なんだよ。誰かのため傷を負った体が、醜いわけなんか有るものか」
「ちょ、ちょっと待ちなさい……!」
そのまま左腕の傷跡に、そっと唇を近づけた。カレンの静止の声なんか聞こえない。絶え間なく降り注ぐシャワーの中でも、かすかに消毒液の匂いが鼻につく。間近で見れば本当に、彼女の体には無数の傷跡が刻まれている。その中で一際、わき腹に負った傷跡に目が引かれた。いまだ生々しい痕を残したそこを見ると、心の奥がざわめく。
この傷を癒さなければならない。
唐突で強烈な思いに突き動かされて、俺は膝立ちになって彼女の体を壁に押し付けた。
「あ……」
出来うる限り優しくしたつもりだから、痛くはなかったと思いたい。戸惑いの声は聞かなかった事にして、俺はカレンの腰に手を回して、そこに舌を這わせた。
「は、う……そんな所!」
「知らない。俺は駄犬なんだから、傷は舐めて癒してやらないと」
「そもそも癒しなど求めて、くぅ……」
傷自体はふさがってる。だから彼女は痛みじゃなくて、別の何かを感じてる筈だ。むず痒いのか、それを踏み越えた先なのか、どっちでも構わない。
唇も柔らかかったけど、カレンの肌の感触も格別だった。吸い付くようにきめ細かい手触りが、俺の唇にも伝わってくる。思わず歯を立てたくなってしまうのをぐっと堪えて、下品な音を立てて吸い上げてみせた。
「やめ、なさい、衛宮士郎! そん、な……行為に何の意味が……」
「だからさ、駄犬がご馳走目の前にしてお預けは出来ないって」
困惑の中、カレンが息を荒げてる。俺の頭を掴んで何とか引き剥がそうとしてるから、顔を上げてにやりと笑ってやった。いつも彼女が浮かべるような、人の悪い笑顔は取って置きのお返しになるだろうし。勿論彼女の体から、離れてやるつもりは毛頭ない。
何より言ってる台詞は嘘じゃないんだ。こんなにも側でカレンを感じて、もう歯止めが利かなくなってしまってる。
彼女の背中に這わせた手を、そっと背骨にそって撫で下ろした。ぴくりと震えて吐息が途切れ、頭に置かれた手から力が抜けていく。戒めから抜け出した俺は、舌の動きを再開。
わき腹からお臍を通ってさらにその下に。淡く生えた銀の陰毛が、お湯に濡れて肌に張り付いてる光景は殊更いやらしい。ちくちくと舌に伝わる茂みの感触を掻き分けてくと、視界にソレが飛び込んできた。
力が入らないのだろう。ゆるく開かれた両足の付け根、彼女の奥底が無垢な姿を晒していた。
てらてらと周りが濡れて光っている。それがお湯なのか別のものなのか、鼻を突く濃厚な彼女の匂いで明白だ。
白い肌の中で淡く桃色に色づいた淫らな花は、今蕾から綻ぼうとしている。
頭に浮かんだ意地の悪い台詞に、思わず苦笑する。自分らしくないと思うけど、言わずにはいられなくなった。
「なぁ、オルテンシアってさ」
「ふぁ……え?」
「紫陽花って意味なんだよな? 確かに濡れてると一層綺麗な花だよな。アンタによく似合ってる」
一瞬息を飲む彼女の気配が伝わってきた。
ああ、顔は見えないけど。どんな顔してるか想像できるぞ。可笑しくてたまらない。
「あ……貴方は!」
「ん?」
「貴方は、どこを見てそんな事を!」
「決まってるだろ。いやらしいお汁を垂れ流し続けるアンタのアソコを穴の開くほど見つめてる。何? こんなにドロドロってことはさ、俺のをしゃぶりながらもう濡らしてたって事か?」
「それは……そんな事はありま……くぅっ」
「嘘つけ、こんなとこまで濡らしてるくせに」
華に触れるか触れないか、太股の付け根を舐めてやる。いつもの俺なら絶対に出ないような言葉が、さっきから溢れて止まらない。他の皆の前ならば、こんな事言おうとも思わない筈だ。だけど彼女と俺の間なら、これが正しいんだって思えてしょうがない。
まるで俺の中にもう一人、別のオレがいるような感覚だ。だけどそれも間違いなく俺であり、どちらも共通して思っている事は唯一つ。
カレンが欲しい。
カレンを抱きたい。
カレンを犯したい。
もう股間のモノはガチガチに固くそそりあがってる。さっき彼女に悪戯された時より、尚一層凶暴に猛り狂ってる。
衝動に突き動かされるまま、カレンの股間から顔を上げて、立ち上がった。彼女の頬が染まっているのは、怒りなのか羞恥なのか。求められれば体を開くと言っている女が、俺にこんな事を言われたくらいで羞恥するものなのか。オレに言われたから羞恥しているのか。はは、だとすれば最高だ。前は見る事が出来なかった、素の彼女を目にしているわけだ。
戸惑うようにカレンの視線が、俺の顔と股間を上下する。オレが何を考えているのか、口に出すより良く分かってくれた事だろうな。
「衛宮士郎、貴方は……」
「ああ、俺はカレンが欲しい」
野獣のように飛び掛りそうになる一瞬、ギリギリ踏みとどまって俺はそれだけを口にした。否も応も確認しない。彼女の右足を抱えあげ、どろどろのソコに猛り狂ったペニスをあてがった。
そのまま一息に、奥まで刺し貫く。
「ふぁっ!? そ、んな、いきなり……」
「く、ぅぅっ……」
狭い。小さな彼女の体に違わず、俺のモノを食いちぎりそうなほどに入り口は締め付ける。だけどその奥の肉はねっとりと絡み付いて吸い上げてくる。それだけじゃない。氷を思わせる銀の花の奥は、灼け落ちてしまいそうなほどに熱い。分け入ってきた招かれざる侵入者を、融かして消してしまうかのようだ。
思わずそれだけで高まってしまいそうになるのを、唇を噛み締めて堪えた。波が凪いでくるのを待って、ゆっくり、ゆっくり腰を動かしていく。
「ああ、くっ、はぁぁ……」
一突きごとにカレンの体が揺れる。転げまいとしたのだろうか、彼女の腕が俺の首に絡められた。そのまま引き寄せられて、彼女の頬と俺の頬が触れ合う。
「な……まえ、を……」
「は?」
「名、前を呼んで下さい、衛宮士郎。オルテンシアと……」
耳に側寄せられた彼女の唇から、そんな事を囁かれた。
「は、母から貰った名ですから……くぅ、ん! さ、先ほどのような呼ばれ方は好みませんっ!」
思わず腰の動きが止まってしまう。
乱れた声の中に、しかし曲がらぬ意志が篭っていた。
どくんと、一際強い自分の鼓動が、聞こえた気がした。
つんと澄ました銀の花が、今はほんのり赤く染まり始めている。紫陽花の花の色は、大地の成分で変わるらしい。心を開いたなんて思っていない。だけどここにいる事を、彼女は嫌がっていない。
俺は奥歯を噛み締めて、一際強く腰を突き上げた。電流のような快感に腰が崩れ落ちそうになってしまうが、何とか堪える。タイルと彼女の体に腕が挟まれて擦れるけど、カレンの肌の温もりで帳消しだ。
あの時は無我夢中で覚えていない。変な話だ。彼女とこんな事をするのは初めての筈なのに。ヒトなど求めない筈のオレが、なぜか生まれた欲のまま、求めて手折った銀の紫陽花。
だから今度は俺が水を撒いて、しっかり大地に根付かせないと。
「オルテンシア」
彼女の耳に、唇を近づけて囁いた。愛してる。好きだ。そんな言葉は無意味で無価値だ。そんな物は彼女は求めていない。だからただ、名前を呼んだ。
「士郎……ああ、士郎……」
お返しとばかりに吹き込まれる。慇懃なフルネームではなく、ただ、下の名前を。
お互い名前をくれた相手はもうこの世にはいない。変だよな、彼女の母親が死んだなんて話、俺は聞いた事あったかな。
まあ、いいや。
彼女は何から何まで変わり者で謎の女だったんだ。今更一つ二つ疑問符が増えたって構いやしない。
名前を呼んでくれたお礼に、ゆっくりと彼女の中をこね回していく。
「ひ、ふか……ひゃあ、ぁあっ!」
悲鳴のような声を上げて、でもカレンはより一層擦り寄ってくる。抱え上げた右足は、いつの間にか俺の腰に絡んでいて、もっともっとと逆に俺を引き寄せてる。
「く……カレン、お前、エロすぎ……」
「その言葉、くふ、そっくり貴方に……あぁん、お返しします……!」
「よく言う! 締め付けきつくて、ちぎれちまいそう……」
互いに顔を見合わせて、憎まれ口をたたきあう。でもカレンの顔は今まで見たことないくらいに蕩けていた。きっと俺も同じ顔をしているんだろう。
腰を突き上げれば、カレンの体が震えて応える。その度にペニスがぎゅっと締め付けられてキモチイイ。彼女の一呼吸で包み込む形が変わって、無数の襞に擦られて、一時だって休ませてくれない。
「私の中で……ふふ、おちんちんが震えてる……くぅ、もう、出してしまいそうなの……ん」
得意げにそんな事を言うから、悔しくなってその口を塞いだ。半開きのカレンの口に舌を滑り込ませたら、すぐに彼女のそれで出迎えられる。ぴちゃぴちゃと、響く卑猥な音で耳が灼かれる。時折先を甘噛まれて、その鈍い痛みも快いアクセントだ。
「士郎……もっと、側に……」
キスの合間に呟いて、カレンが俺の濡れた髪の毛に手を滑り込ませてきた。絡まった癖毛を撫で下ろすように、優しく手で梳かれる。くやしいな、まるで犬をブラッシングしてるみたいじゃないか。だから俺も彼女の髪を玩ぶ。濡れて重くなってる筈なのに、指の間を抜けていく髪は俺のものとはまるで違う。それだけの事に、彼女が女だという事をまた思い知らされる。
性悪で、敬虔で、嗜虐的で、全てを受け入れる聖女様。
「この、ん!」
「ふぁ、あぁぁんっ?!」
愛おしさと苛立ちに背中を押されて、一際強く腰を打ち込んだ。経験ないくらいに固く大きくそそりあがってるペニスは、まるで剣のような凶器だ。艶やかに咲き誇る花を散らしていく無法に、ゾクゾクする。
茫とした目で俺を見やるカレンの顔が、腰を動かすたびに綻んでいく。それを見ているだけで、忘れようとしていた限界を自覚してしまった。
「あ、士郎、また大きく……くぁぅっ!」
そんな目で、そんな声でそんな事を囁かれたら、もう堪えられるわけないじゃないか。
「くそ、もう、出る……」
「どうぞ、出して……士郎、私の中に!」
叫んだカレンに両手で頭を抱え込まれて、ぎゅっと抱きしめられた。掛かる重みが彼女の想いの深さだと、錯覚してしまいそうなほど。
このまま中に出してしまいたい。そんな振り払いがたい欲望を飲み込んで、俺はなんとかカレンの中からペニスを引き抜いた。
それが本当に限界。
陰嚢がぎゅっと引き絞られて、先っぽから呆れるくらいの精液が吹き上げた。
彼女の白い肌よりまだ白い、むき出しの俺の欲望が彼女のお腹を、乳房をまだらに汚していく。
「ふぁ、あぁぁ……っ!」
一瞬遅れて、一際高い鳴き声が風呂場の中に響き渡った。がくがくと体を震わせて、首に掛かったカレンの腕から力が抜けていく。
足を滑らせないようにゆっくりと彼女を支えて膝をついた。半立ちで寄り添ったまま、互いの荒い息が逆に気持ちを落ち着けていく。
「もう……中に出しても良かったのに……」
ひとしきり呼吸が落ち着いたのだろう。俺の肩に顎を預けたカレンが、そんな事を呟いた。
「いつもあんたに意地悪されてるからさ。たまには言う事無視したって良いだろう」
「よく言いますね、ケダモノ」
口調は怒ってるけど、カレンは俺に体を預けたまま、そこから動こうとはしない。逆に背中に腕を回されて、抱きしめられてしまった。
疲れたからただしがみ付いているだけだと、尋ねれば答えるのだろう。だけど背中に回された手の温もりに、不思議と心が安らいでいく。
まるで聖母の抱擁だ。
そんな突拍子もない事を思ってしまった自分に赤面してしまう。普段の彼女とはまるで違う、そんな優しい好意がひどく気恥ずかしい。こんな顔を見られたら、今度はなんて言われるやら。
「士郎? ――ん……」
だから見られないよう、俺は彼女の頭に手を回して、そっと胸に抱きしめた。
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彼女が身を捩るたび、張られたお湯の水面が波立つ。一人で入れば充分手足が伸ばせるこの浴槽も、流石に二人で入るときつきつだ。
「全く……こんなに長居をする事になるなんて思わなかったわ」
向かい合ったカレンが唇を尖らせる。髪をタオルでまとめている姿が新鮮で、不覚にもドキッとしたのは秘密だ。
「あのまま上がったら湯冷めするだろ。それにいろいろ汚れちまってたし」
「汚したのは士郎でしょう。最初から中に出してくださればよかったんです」
「……勘弁してくれ。もしあんたが妊娠したとか言ったら、どうすればいいんだ俺は」
気軽に言う彼女の言葉に、俺は横を向いて顔をしかめた。
特注のカソックの上から大きいお腹をさすって、責任とってくださいねと微笑むカレン。
何故だろう、その後の惨状までリアルに想像できすぎて欝すぎる。
「あら、そうですか。残念です」
だが俺の言葉に、本当に残念そうにカレンが呟いた。えらく気持ちが篭っていて、俺は思わず彼女の方に向き直る。
「なんでさ。別に好きでもない男の子供なんか出来ても、あんただって困るだけだろ」
「子宝は皆、主のお恵みです。生まれる子供に罪などないし、誕生はすべて祝福されるべきものよ。私の気持ちの有無など、問題ではないでしょう」
「いや、カレンがそう思っていてもさ。生まれてくる子供の前で両親が喧嘩とかしてたらよくないだろ。やっぱり子供は愛し合う二人の間に出来たほうが良いに決まってる」
「本当にあなたらしい台詞ね、士郎」
気のせいかな。気のせいだと思いたいんだけどな。
なんかカレンの顔に不吉な微笑が浮かんでいる気がするんだけど。
「なら、私が貴方に愛情を抱いているのなら――子種をお恵み下さるということかしら」
「はぃげぶっ?!」
吹いた。
半分湯船に使ってた口から、思いっきり湯を吹いた。
涼しい顔して、何を言い出すんでしょうかこの黒シスター様は!
「……はしたない真似ね」
「……あんたのきつい冗談よりましだろうが」
「あら、冗談だとでも思ったのかしら」
湯を掻き分けて、カレンの顔が近い。
金の瞳がじっと俺の目を見つめている。その光は真剣で、反らす事が出来ない。
カレンは本気でそんな事、思っているのか。
「……冗談、だよな?」
「さて、どうでしょうね。少なくとも、貴方の子供が出来たと話せば、ずいぶんと楽しませてもらえそう。そう言う娯楽を望むのは、罰当たりな事かしら?」
「当たり前だサドシスター!」
思わず叫んで、それでようやく金縛りが解けた。とたん脱力感に襲われて、俺は湯船の縁にだらしなく身を投げ出した。結局こんな事があろうとなかろうと、カレンにとって俺はおもちゃ扱いという事らしい。ひどい話だ本当に。
もうカレンの顔なんか見てやらん。どうせ意地の悪い表情浮かべて笑ってるに決まってる。
「ところで」
「なんだよ。もう悪質な冗談は勘弁してくれ」
「いえ。貴方は大事な事を忘れている気がするのだけど」
「なんだよ。別にそんな事ないだろ」
「そうですか。ただ、最初に貴方がお風呂に入ってから、ずいぶんと時間が経っているように思っただけなのですが」
「……あー、確かに」
時計がないからわからないけど、多分一時間位は立っている気が…………
待て。
そう言えばさっき桜のやつ、何か言っていなかったか?
「確か、この後に遠坂がどうとか……」
不吉な単語を最後まで口にすることは出来なかった。
どすんどすんと廊下を踏み鳴らすものすげぇ足音。
「ちょっと士郎?! いつまで風呂に入ってるのよ! 後がものすごくつかえちゃってるんだけどー!」
なんか叫び声まで聞こえてきましたよ!
「さて、どう丸め込むのか楽しみに見ていますね」
我関せずというつもりか。妙に不機嫌な声を上げると、湯船の端っこでカレンは背中を向けてしまった。
関せずどころか思いっきり当事者の癖に! だけどそれを叫べば俺がカレンに教会裏の墓地で別れの言葉を読み上げられてしまうことになるわけで!
先ほど思い浮かべてしまった惨劇が、もう十分後まで迫ってやがるかんじですよちくしょう!
一発逆転のアイデアなんか出てきやしない。
もう諦め半分覚悟半分の微妙な心持で、俺はずぶずぶと湯船の中に沈んでいった。
【おしまい】
・後書き
セイバーさんは金だったし、カレンは銀で紫陽花だから銀華の湯船。安直ですいません。
でも、お風呂でいちゃいちゃ(?)を書くのはとても楽しかったりしました。
カレンと士郎の関係がこういう猫とイヌのじゃれ合いみたいな物であって欲しい。そんな願望が篭った作品だったりしましたが、楽しんでいただけたのならば幸いです。
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